寮生活の意味を考えてみよう(2)函ラサ前編…後藤卓也

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「函館ラ・サール」に教え子8人が次々進学

 ラ・サール会は世界各国に約1000校の学校を持つカトリックの修道会で、日本には鹿児島市の「ラ・サール学園」と、北海道函館市の「函館ラ・サール学園」の2校が存在します。いずれも寮のある中高一貫の男子校です。鹿児島のラ・サールは現地受験しかありませんが、函館ラ・サールは1月8日と2月3日に、函館のほか東京、大阪、名古屋の各会場で中学入試を実施しており、私たちの塾でも以前から多くの教え子が受験してきました。

 ただ、函館ラ・サール(函ラサ)に進学した塾生は、十数年前に1人いただけという状態でした。それが最近4年連続で、合計8人の教え子たちが次々と進学するようになりました。それは、前回のコラムでも紹介した現高1のA君とF君の2人の「功績」です。

 彼らが函館から帰省してくるたび、見違えるように成長していく姿に、私たち塾の教師全員が目を見張っています。そして、ご両親からも函ラサの実情を詳しく教えていただいたことで、塾の個人面談で「この子は寮に入れた方が伸びます」「函ラサ、すごくいいですよ」と、自信を持って「オススメ」できるようになりました。その後の進学者も寮生活に無事適応し、先輩の後を追うかのように成長している様子を、今回、同校を初訪問して自分の目で確かめることができました。

海を望む広々とした校舎が生徒を育てる

校舎の理科室ベランダから函館湾の方を望む
校舎の理科室ベランダから函館湾の方を望む

 7月上旬、私は早朝の便で函館に飛び、空港から学校に直行しました。出迎えてくださったのは、函ラサOBで、大学卒業以来いまだに母校で(きょう)(べん)を執られている函館ラ・サール学園常務理事で、前副校長の井上治先生です。午前中は井上先生に案内していただいて、授業や校舎を見学しました。授業は黒板とチョークを使った昔ながらのスタイル。そして、校舎内の大半が木を基調とした山小屋のような雰囲気です。

 教室があるフロアには広大なフリースペースがあり、たくさんの机と椅子が置かれ、思い思いにおしゃべりを楽しんだり、自習をしたり、また、先生を囲んで質問したりしています。そして、函館湾を望む絶景のテラス、音楽室の前には音楽室そのものより広い廊下(らしき空間)があるなど、ゆとりある空間を初夏の風がさわやかに吹き抜けていきます。もちろん、グラウンドの広さは都内の学校とは比較になりません。狭い土地に効率よく設計された都心の学校を訪れるたびに感じる「息苦しさ」がなく、この空間も生徒を育てるための大切な要素なのだろうと感じました。

 「北海道の寮制の学校」と聞くと、「広大な無人の雪原にそびえる要塞(ようさい)」みたいな印象を抱くかもしれませんが、実際には活気あふれる観光都市・函館の周辺部の住宅地にあります。全体の3~4割を占める自宅通学生は「また、あしたー」と三々五々に帰宅していくし、寮生も授業後は自由に外出できるので、「寮生活」と聞いてイメージするような閉塞(へいそく)感はまったくありません。

 寮から徒歩3分のコンビニも出入り自由、高校生はゲームセンターもOK。日曜はTSUTAYAの大型店(「函館蔦屋書店」)が函ラサの寮生でにぎわいます。とはいえ、お小遣いは月7000円と定められているので、交通費を節約してTSUTAYAまで片道1時間歩く。「アイスやカップ麺一つ買うのも、ちゃんと計画を立てないと大変」という言葉を、何一つ不自由なく親元から通学している教え子たちに聞かせてやりたいですね。

「プライバシー」概念のない中学3年間の「50人部屋」

ベッドの間にはカーテンもない。部屋の端から端まで素通しだ
ベッドの間にはカーテンもない。部屋の端から端まで素通しだ

 授業後、再び井上先生と合流して寮に向かうと、中1のG君と、たまたますれ違いました。そこで彼の寮の「寝台」に並んで腰掛け、同じ東京出身の「隣人」と一緒に話を聞かせてもらいました。

 「すぐに友達ができたから、ホームシックは全くなかった」「食事はめちゃおいしいよね。特に土曜日のカレーは最高」というG君に、井上先生も「あれは函ラサ名物で、13杯おかわりした先輩もいたんだぞ」「おまけに3食とも、搾りたての新鮮な牛乳が飲み放題です」と上機嫌。「寮メシ」に対する評価は中2・3生とは若干(?)異なりましたが、実は私が塾で直接、受験指導をした初の函ラサ生であるG君が、たった3か月ですっかり寮生活になじんでいる様子に、まずはひと安心しました。

 そのあと、中2と中3の元塾生5人を館内放送で呼び出してもらい、1時間ほど話を聞きました。「ホームシック」に関しては、4人が「なかった」か「1週間くらい」と答えましたが、中2のH君だけは「ゴールデンウィークまではつらかった」とのこと。H君は小学校低学年の時の塾の教え子で、体も気も小さく、一番心配していた子です。

 次に「寮生活でつらいことは」とみんなに尋ねると、「同じ部屋にうっとうしいやつがいて眠れない」「昨夜も大音量でアラーム時計を鳴らすやつがいて、『誰だよ』『うるせーよ』と部屋中が大騒ぎになって、当直の先生から全員が1時間説教された」という耳寄りなニュースも。でも、みんな笑顔で話しています。

 そう、函ラサ寮の一番の特徴は、2段ベッドが25個並んだ50人の大部屋生活なのです(かつての高校だけの時代は100人部屋だったとか)。ベッドとべッドの間の仕切りのカーテンもなく、「プライバシー」という概念のない生活を中学の3年間経験し、高1からはようやく気の合う仲間同士で4人部屋暮らしになります。この「50人部屋」をどう受け止めるのかが、函ラサを選択する上での「最大の決断」と言えるかもしれません。

死角のない大部屋はイジメも防ぐ風通しの良さ

 志望校選びの基準はさまざまでしょうが、「学校生活になじめるか」「イジメはないのか」は保護者が懸念することです。残念ながら、どの学校でもイジメはあるし、不登校や保健室登校の生徒もいます。ただ、自宅通学なら親が手助けすることもできるけど、寮生活ではそれができない。つらくても、簡単に逃げて帰ってくることもできない。まして函ラサのような50人部屋では、教師の目が行き届かないのではと心配する気持ちは分かります。

 一般に中高の寮では、「異学年の4~8人部屋」が多いようですが、「同室の先輩の当たり外れ」でつらい思いをすることもあるという話は、他校で寮生活をしている塾の教え子から聞きました。

 これに対して、塾の教え子たちは、函ラサ寮について、「嫌なやつもいるけど、逆に仲のいい友達もすぐにできる」「ケンカやいさかいもあるけれど、大勢いるから誰かが仲介したりして、そのうちに収まる」と話していました。「死角」の存在しない大部屋なので、イジメが陰湿化したり、孤立したりすることも少ないそうです。

 海城(東京都新宿区)が、「対話的コミュニケーション能力の欠如」に対処するため学校改革を始めたのは、ある「衝撃的な事件」(拙文「今だからこそ求められる国語力と対話能力の育成…後藤卓也」)が一つのきっかけでした。修学旅行で訪れたここ函館で、朝市での自由時間に地元のおばちゃんたちに話しかけられるのが怖くて、生徒たちがすぐに集合場所に戻ってきてしまうというものでした。函館で、というのは、もちろん単なる偶然ですが、出発点となる問題意識は共通しているように思えてなりません。

 今、思春期前期(小学生後半~中学生)の子供たちが抱えている問題は何なのか。それに対して我々はどうすべきなのか。詳しくはこのシリーズ「寮生活の意味を考えてみよう」の最終回で述べたいと思いますが、函ラサの「50人部屋」が一つの解決の道筋を示し、少なくとも8人の塾の教え子たちに関しては、期待以上の成果を上げていることは確かだと思うのです。

スマホは禁止、トランプや将棋楽しむ「昭和」な日常

 中学生の寮での平日は、朝7時起床で、点呼、朝食の後、8時15分までに登校。授業後は午後6時に夕食で、7時20分の点呼から10時10分まで義務自習。夜11時に就寝ですから(「函館ラ・サール学園寮」ホームページから)、特に練習の厳しい部活に所属している場合は、かなりハードです。でも、休日は「自由起床」で、朝食も9時半まで。午後7時の門限まではフリータイム。土曜日は「原則として義務自習なし」です。

 「寮生活で一番楽しいことは」という質問には、中2・中3の元塾生たちは「平日は授業と部活と義務自習で大変だけど、週末は友だちとのんびり遊べるから」という返事が大多数でした(H君だけは「東京に帰る前の日の夜」という答え。まだまだママに会いたい年頃ですからね)。

 「友達と何をして遊んでるの」と聞くと、「トランプや将棋……」と、なんとも「昭和」な回答です。ゲーム機やスマホは持ち込み禁止なので、他にやることがないのでしょうが、確かに大部屋のあちらこちらで床に座り込んで将棋やトランプに興じている生徒がいます。人と人が向かい合ってのゲームも大切なコミュニケーションの時間。スマホなしで生きていけない都会の中学生と比べて、彼らはずっと少年らしい、すがすがしい表情をしていました。 

 次回は「函ラサ後編」で、函館ラ・サールの寮生活の様子をさらに詳しく紹介します。

プロフィル
後藤 卓也( ごとう・たくや
 啓明舎塾長。1959年愛知県生まれ。東京大学教育学部博士課程修了。1984年の啓明舎設立当初から時間講師として勤務。2年間の西ベルリン(当時)留学経験の後、再び啓明舎へ。94年から塾長。主な著書に「秘伝の算数(全3冊」(東京出版)、「新しい教養のための理科(全4冊)」(誠文堂新光社)など。

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858990 0 マナビレンジャー 合格への道 2019/10/25 05:21:00 2019/10/25 05:21:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/10/20191021-OYT8I50064-T.jpg?type=thumbnail

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