寮生活の意味を考えてみよう(3)函ラサ後編…後藤卓也

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泊まり込む寮の先生、夜中にも生徒集め本気で叱る

 前回は、函館ラ・サール(函ラサ)の環境や、中学寮の50人部屋生活などについて述べましたが、それだけで思春期前期の男の子たちが、何の問題もなく成長していくはずはありません。函ラサでは、中学と高校の寮を合わせて定員648人の生徒に対して、寮教諭や寮母、養護教諭、食事や洗濯など生活面を支えてくれる職員の方々など約70人のチームが、寮の管理運営や寮生たちの世話をしています。

 普通、学校の個人面談の相手はクラス担任でしょうが、函ラサでは、何か相談事があるとき、保護者は寮教諭か部活の顧問に連絡することも非常に多いそうです。交代で寮に泊まり込む先生方や、放課後の部活動で指導を受ける部活の顧問は、クラス担任よりもずっと長い時間、子供たちと密接な関係を築いているからでしょう。

 私が7月に函ラサを初訪問した日、寮の当直の先生たちと少しお話しすることができましたが、穏やかで、優しそうな方々でした。でも、前回お伝えした「夜中のアラーム事件」のような時は、夜遅くでも50人部屋の中学生全員を別室に集合させて、1時間以上本気で厳しく叱ってくれます。事件の報告をしてくれた教え子は、「めちゃ怖かった」とかなりビビっていました。

寝食共に「大家族」、強豪ラグビー部は進学も好成績

広大なグラウンド。元Jリーガーのコーチを迎えてサッカー部も強くなっているという
広大なグラウンド。元Jリーガーのコーチを迎えてサッカー部も強くなっているという

 函ラサの部活の中でも「強豪」として知られるラグビー部や吹奏楽部は、とりわけ練習も規律も厳しく、テストで赤点をとると部活動は禁止で、もちろん大会にも出場できません。このため、ラクビー部では自主的に勉強会を行い、吹奏楽部でも悪い成績をとると、顧問や先輩から厳しい学習指導が行われます。

 「函ラサ人気」の立役者である高1のA君のご両親は、寮のある学校をいくつも見学したそうですが、「進学色が強すぎて、予備校みたいな学校が多い」のに対し、函ラサでは、年末の「花園」(全国高校ラグビー大会)で活躍したラグビー部の主力選手が、2週間後にセンター試験を受け、現役で国立大医学部に合格していく。その先輩の後ろ姿を見て、後輩たちも奮起する。その様子に感動して進学を決めたそうです。

 部活、特に団体競技で活躍した生徒は大学進学実績も良いという話は、どの学校でも耳にします。先日、学校見学会が行われた本郷(東京都豊島区)の高校ラグビー部も、花園出場10回という強豪中の強豪ですが、過去3年のラグビー部主将の進学先は一橋大、東大、一橋大。「だから今年の主将は、プレッシャーが大きすぎて悩んでいるんですよ」という話を、校長の佐久間昭浩先生から伺いました。

 全国大会常連校の多くは、「スポーツ推薦」という特別枠で有力選手を集めていますが、一般入試しか行わず、1学年の生徒数も少ない函ラサのラグビー部が、2015年と17年に花園出場を果たし、大学受験でも立派な結果を残しているのは、部員たちと顧問やコーチが、まさに寝食を共にして練習と勉強に取り組んできた成果なのでしょう。

 社会人ラグビーを舞台としたテレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」では、「強くなるためにはチーム全員が家族にならなければならない」というセリフが登場しますが、寮生活+部活+自主勉強会という「擬似的な大家族」の意義は、「チームを強くすること」だけではありません。核家族化や少子化、スマホやSNSの普及、買い物も食事の注文もタッチパネルという「便利なシステム」の影響で、「他人と向かい合って話せない」「集団行動ができない」子供が増えている中で、生徒たちの「対人関係力」を育み、鍛えてくれているのではないでしょうか。

後輩まとめる「リーダー」に成長し始めた教え子ら

函館ラ・サールの正門。住宅地の中にあるが、前庭も広々としている
函館ラ・サールの正門。住宅地の中にあるが、前庭も広々としている

 もう一つ注目したいのが、函ラサ寮の「室長」「チューター」制度です。室長は中1~3の各学年から数人選ばれて、50人部屋の責任者として、日々点呼をとり、文化祭などのイベントのまとめ役を任されます。チューターは中1、中2から各5人程度選ばれ、12月に「チューター団」結成式を行い、翌年の4月から6月末まで新中1生の面倒を見ます。入学当初はベッドメイクの仕方や風呂の入り方まで教え、毎晩の「義務自習」では中1生の自習室に張り付いて、勉強の仕方を指導しています。

 「自分の勉強は大丈夫なの?」と余計な心配をしてしまいますが、室長とチューターは、寮生活と学業成績に基づいて学校から指名される「名誉職」なので、「自分で時間をやり繰りして頑張る」そうです。

 室長とチューターは1学年約80人の中学寮生から選ばれるのですが、私たちの塾の教え子のうち、高1のA君は中2、中3と2年連続でチューター(さらに中3の時は吹奏楽部の中学部長)に、また、中3のI君は中1で室長、中2でチューターに選ばれました。そして、小学生時代、体も気も小さく一番心配していたと前回紹介したH君が、中2の室長兼チューター(とても優秀で来年も最有力候補とのこと)です。

 1学年平均2人しかいない啓明舎からの進学者が、3年連続でチューターに選ばれていることには、学校も寮も注目していると聞かされて、うれしくないはずがありません。まして彼らの小学生時代を知っている分だけ、喜びも驚きもひとしおです。

 ちなみにA君は、塾の教え子たちのうち現中2の2人も、チューターとして指導したそうです。親元から遠く離れた地で新生活を始めた彼らにとって、同じ塾の先輩がどれだけ心強かったことでしょう。A君にとっても、塾の先輩として、リーダーとしての自覚を培う貴重な経験だったに違いありません。

「我慢」の大切さも学ぶ、卒業後も生きる寮の6年間

 もちろん、教え子たち全員がみな強い部活で活躍し、リーダーとして成長しているわけではありません。中2、中3の元塾生たち5人に、「塾の後輩に函ラサを勧める一言」を聞いたところ、4人は口をそろえて「生活習慣や学習習慣が身に付く」と答えましたが、他の質問にも一番辛辣(しんらつ)な意見を言っていた中3のJ君だけは「我慢することを学べる」と、ちょっと斜に構えた表情で答えました。

 たぶん、いろいろつらいこともあって、我慢を重ねてきたのでしょう。プライバシーのない大部屋生活、毎晩の義務自習、そして「丼ものの汁が多すぎて、しかも脂っこくてとても食えない」(J君の魂の叫び?)など。でも、彼はまだここにいる。今回、私を案内してくださった函館ラ・サール学園常務理事で、前副校長の井上治先生が隣で聞いているのに、堂々と自分の言葉で意見を言える(「ツユ少なめで」という意見は通らないようですが)。私はJ君の「これから」に大きな期待を抱きました。

 他の学校でも会社でも大勢の人間が生きていくには、どこかで「我慢すること」を覚えなければなりません。「人間らしく不自由に生きる」強さを培っていくことこそが、教育の課題であり、社会的存在としての人間の成長だと私は思うのです。(拙文『「高校に行かない」という選択…後藤卓也』)

 実は高1のA君も、(格好よく言えば)「一匹狼」タイプで、いまは「一匹狼」同士で4人部屋生活をしているそうです。群れて暮らす生徒たちの中から、何人かに1人、「自分一人で生きていくことができる」子が育っていく。学校側はそういう子に「リーダー候補」としての大役を任せるのでしょう。

 ただし「リーダー候補」以外の教え子たちも、「群れ」のなかで我慢を覚えたり、同好の士と巡り合ったりしながら、いろんな人間が一緒に暮らしていくことのつらさと楽しさを学んでいるように感じました。

 井上先生は、大病院の副院長である保護者から、「最近の若い医者は、医者になれたのだから頭は悪くないのだろうが、医者として最も必要な患者とのコミュニケーション力に欠ける。その点、函ラサの出身者は違いますね」と言われたと、うれしそうに話してくださいました。

 「医学部志望者が多いので、進学実績を伸ばす努力もしている。でも、何人合格するのかではなく、将来どんな医者に育っていくのかを考えて指導するのが本当の教育」という井上先生の言葉に、私は全面的に同意します。おいしいお酒と活イカの刺し身をご馳走になりながら、私は「啓明舎出身・函ラサ卒」の教え子たちが、これからどのように成長し、どんな大人になっていくのかを見届けるまで、簡単にくたばるわけにはいかないな、などと思っていました。

プロフィル
後藤 卓也( ごとう・たくや
 啓明舎塾長。1959年愛知県生まれ。東京大学教育学部博士課程修了。1984年の啓明舎設立当初から時間講師として勤務。2年間の西ベルリン(当時)留学経験の後、再び啓明舎へ。94年から塾長。主な著書に「秘伝の算数(全3冊」(東京出版)、「新しい教養のための理科(全4冊)」(誠文堂新光社)など。

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872248 0 マナビレンジャー 合格への道 2019/11/01 05:21:00 2019/11/01 05:21:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/10/20191030-OYT8I50006-T.jpg?type=thumbnail

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