60年代に母も通った白百合学園を訪ねて…辛酸なめ子<33>

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

生徒のルックスの良さは業界人の折り紙付き

入り口の前にはジャンヌ・ダルクの像が。70年たっているとは思えない美しい姿で生徒たちを鼓舞します。
入り口の前にはジャンヌ・ダルクの像が。70年たっているとは思えない美しい姿で生徒たちを鼓舞します。

 1881年に創立した伝統あるカトリックのミッションスクール、白百合学園。設立母体はシャルトル聖パウロ修道女会で、一人ひとりを大切にする教育を実践しています。こちらの学園には縁があり、亡き母が通っていた女子校なのでいつか訪れてみたいと思っていました。今回、母と一学年違う同窓生の方をご紹介いただける機会に恵まれ、卒業アルバムも拝見させてもらうことができるとのこと。母に聞いた白百合の思い出話は、「シスターが厳しかった」「でもシスターにいたずらして怒られた」など、そんなに多くないのですが、当時の話を聞いて60年代の女子校生活に思いを馳せたいです。

 マリア様の像やジャンヌ・ダルクの像が見守っている校舎に足を踏み入れると、聖域のような空気が漂っていて、いるだけで邪気が抜けていくのを感じます。副校長の田畑先生と、白百合でずっと国語を教えていらした卒業生の関口先生に話を伺いました。関口先生は産休の先生の代わりに再び白百合で教えられるそうで、人生のうちの大部分を白百合で過ごされたというお方。

 「すごく良い学校だと思います。生徒もみんなかわいくて、優しい生徒が多いです」

礼拝堂のマリア様はフランスから贈られた像。悪の象徴である蛇を踏みつけています。
礼拝堂のマリア様はフランスから贈られた像。悪の象徴である蛇を踏みつけています。

 かわいいというのは、性格や言動、雰囲気だけでなく、見た目も入るそうです。業界の人によると、白百合は見目麗しい生徒が多いことでも有名だとか。

 「テレビでアイドルグループを見ても、このくらい、うちの生徒にはいっぱいいます、と思ってしまいます」と、関口先生。

 ではタイムスリップして、母が在学していた1967年の卒業アルバムを開かせていただきます。ざっと拝見するだけでも、目鼻立ちが整って知的なお嬢さんが多いような……。驚いたのはメガネ率の低さです。クラスに数人しかメガネの人がいません。

 「ゲームもスマホもないし、視力がそんなに落ちていなかったんだと思います」と、関口先生。たしかに最近はデジタル系のデバイスから入る情報量が膨大で、現代人はかなり目に負担がかかっていてメガネ率も高いです。

卒業アルバムに見つけた母はゴージャス体験していた

1967年の白百合の卒業アルバムには、中3と高3の卒業生の思い出が収録。シンプルに写真が並ぶ構成でした。
1967年の白百合の卒業アルバムには、中3と高3の卒業生の思い出が収録。シンプルに写真が並ぶ構成でした。

 そんな中、「ゆり組」の中に旧姓で載っている10代の母を発見。すごくまじめそうな、和顔の少女でした。他の部活や学校生活、修学旅行の写真のページにも母がいないか探したのですが、モノクロということもあってなかなか集団から見つけるのが難しく……。母がぼっちではなかったことを祈ります。関口先生によると、高校の修学旅行の行き先は北海道だったとか。

 「寝台特急に泊まって行ったので11泊12日。すごく贅沢(ぜいたく)な旅でした。お昼は毛ガニに(かに)ピラフとか。中学の修学旅行も当時は学校としては珍しく、新幹線で関西に行きました。駅で注目を浴びていましたね」

 そんなゴージャスな経験を10代の母がしていたとは。質素倹約のイメージしかなく、北海道旅行の話も聞いたことがありませんでした。

 生徒さんもお金持ちのお嬢様が多かったのでしょうか?(私の祖父母は庶民でしたが……)

 「議員さんや社長さんお医者さんのお嬢さんが多かったですね。私の家は普通のサラリーマンで、中1で親友になった子が銀行員の娘で、生活レベルが合ったということもあり、仲良くしていました。他の子は、当時でおこづかい5000円とか1万円もらっていて。私は一ヶ月500円でした。校内の自販機で売っているファンタのオレンジ味とグレープ味を買って、親友と『この線までね』と半分ずつ交換して飲むのが楽しみでした。同級生に10円貸してなかなか返ってこなかったので『返してちょうだい』って言ったら『えっ?』って言われたことも。私にとっては貴重な10円でした……」

 と親近感を覚えるエピソードを教えてくださった関口先生。たぶんうちの母も同じくらいの(もしくはもっと厳しい)経済感覚だったと思います(私は子ども時代、年に1、2回しかジュースを飲ませてもらえませんでした……)。ちなみに1967年当時の大卒初任給は2万6200円。おこづかいの金額がどれほど大きかったかわかります。

 「校内のパン屋で一番安いブリオッシュが10円。一番高いアップルリングが60円しました」と、驚異の記憶力を持つ関口先生。

 ところで卒業アルバムを見ると、みなさんおでこを出したスタイルなのが気になります。

 「私の頃はしつけや規則が今より厳しかったんです。今は時代につれて変わってきましたけど、当時は前髪を切ってはいけない、という規則がありました。私は真ん中わけでずっとお下げにしていました。カールやパーマも禁止です」

 たしかに前髪があると気になって勉強の妨げになったり、色気づいて学業がおろそかになってしまいそうです。

イラスト・辛酸なめ子
イラスト・辛酸なめ子

 「とにかくおしゃれに気を使うな、ということではないでしょうか。お化粧も禁止。私はかなりまじめな方だったんですが、あるとき親友がもみあげの髪をカールさせていて、ショックで思わず『なんで規則違反するの!?』とクルッとしている髪の毛をハサミで切ったことがありました。親友にはいまだに言われます」

 そんな事件があっても続く女の友情がすばらしいです。思えば母もかなり厳しく、少しでも色気づくことを禁じられていたので(TVドラマは禁止で、週刊誌の性的なページは黒塗りかホッチキス止め)、もしかしたら校風の影響もあったかもしれません。

 「身だしなみだけでなく、言葉遣いについても厳しかったですね。今の若い子はボキャブラリーが少なくて、女の子なのに男の子みたいな言葉を使ったりしますが……。私が通っていた頃は『あら、ごめんあそばせ』『お兄様が……』『◯◯ことよ』なんて話し方の子もいましたから。挨拶(あいさつ)は『ごきげんよう』。ありがとうやごめんなさい、の代わりに『恐れ入ります』という言葉も使っていました」と、関口先生。

 深窓の令嬢の世界観です。校舎内で先生に対して「ごきげんよう」と挨拶している生徒さんがいたので、ごきげんようの伝統は続いていて素晴らしいです。

 また卒業アルバムを見てまじめで賢そうな女子が並んでいるのは、当時白百合がかなりの難関校だったこともあるようです。

 「私の頃、女子御三家は雙葉、聖心、白百合だったんですよ。今人気の桜蔭や女子学院はまだまだ台頭していなかったです。私は受験するとき、女子学院を滑り止めで受けようか迷っていました」

 とのことで、今の御三家も安泰ではいられません。そういえば母が、私が中学受験で女子学院を第一志望にしたいと言ったとき、渋い顔をしていたのは、当時の価値観を思い出していたのかもしれないと思いました。

 また、母のことでよく覚えているのは、掃除は基本苦手で物が雑然としていたのに、床はよく磨いていた姿です。白百合は掃除を重視していたのでしょうか。

 「放課後、教室やお手洗いを教員と一緒に丁寧に掃除しています。今はコロナの影響で生徒が掃除をできないので、自分の身の回りを消毒するくらいになってしまいました」と、田畑先生。

マ・スールの尊称で親しまれる修道女の先生

玄関の下駄箱の傘立てには紺色の傘だけが少し入っていて整然としています。普通学校の傘立てにはビニール傘が大量に刺さっている印象ですが、さすが白百合です。
玄関の下駄箱の傘立てには紺色の傘だけが少し入っていて整然としています。普通学校の傘立てにはビニール傘が大量に刺さっている印象ですが、さすが白百合です。
体育館の屋上の庭園から校舎を臨む図。丸みを帯びたアーチ形の窓がクラシカルで優雅です。
体育館の屋上の庭園から校舎を臨む図。丸みを帯びたアーチ形の窓がクラシカルで優雅です。

 「私の頃は、マ・スール(修道女の先生の尊称)がフランス仕込みの掃除を教えてくれました。木の床にワックスを塗ってそのあと乾拭(からぶ)きするんです。ぞうきんを床に置いてうわばきで乗って拭くのですが、それが合理的なフランスのやり方だったみたいでした」

 白百合にはマ・スールと呼ばれる修道女の先生がいらっしゃって、60年代当時は若いマ・スールもたくさんいらして授業を教えていたそうです。

 「高校時代、素敵なマ・スールに憧れて洗礼を受けました」と関口さんはおっしゃいます。卒業アルバムを拝見すると、十数人くらいシスターの写真が載っていてありがたい感じです。

 「厳しいマ・スールもいれば優しいマ・スールもいました。いたずらをしても怒らなさそうなマ・スールに仕掛けることはありましたね。先生がチョークで汚れた手を拭くためのお手ふきを教檀に用意するのですが、中に毛虫のおもちゃを仕込ませたり。ドアの上に黒板消しを挟んだこともありました。全員で一斉に机を揺らして『地震だ!』と脅かした時は、電灯の(ひも)をゆらす係までいたんですよ」

フランス語の書籍が充実している図書室。英語の本もたくさんあり、語学力が養われます。
フランス語の書籍が充実している図書室。英語の本もたくさんあり、語学力が養われます。

 しつけは厳しくてもアットホームな空気が伝わってきます。今の校内の雰囲気はどんな感じなのでしょう。田畑先生に案内していただき、広大な地下の体育館や洋書が充実している図書館、荘厳な礼拝堂などを見学。名門校のヴァイブスを吸収させていただきました。

 そして、高校三年生が数学の補習授業を受けている教室にもおじゃましました。

 「白百合はお嬢様学校ですよね?」という素人な質問に「全然お嬢様じゃないですよ」と屈託なく返す女子たち。

 「いつもごきげんようって言ってますか?」

 「『ごきげんよう』は、普段は外では使わないですね。間違えてマンションの管理人さんや塾の先生に言ってびっくりされたことはありました」

 きっと言われた人は、一生思い出に残る(うれ)しい瞬間だったと思います。突然、祝福されたような……。

 教室をあとにする時、本当は「ごきげんよう」と挨拶したかったのですが、言えませんでした。「ごきげんよう」は付け焼き刃では出てきません。白百合での教育のように、長い年月かけて培われる品格なのだと実感しました。

プロフィル
辛酸 なめ子( しんさん・なめこ
 漫画家・コラムニスト。東京都生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。近著は「大人のコミュニケーション術」(光文社新書)、「おしゃ修行」(双葉社)、「魂活道場」(学研プラス)など。

無断転載・複製を禁じます
1509255 0 マナビレンジャー 合格への道 2020/09/29 15:38:00 2020/09/29 15:38:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/09/20200929-OYT8I50033-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
YOMIURI BRAND STUDIO
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ