合否を左右する「試行錯誤力」の鍛え方……粟根秀史<4>

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いつの間にかすり替わっている成功の定義

 「何事も子供に自信を持たせるためには、小さな成功体験の積み重ねが大切です」とよく言われます。算数で言うところの成功体験とは、「自分の力で問題が解けたという達成感を味わう」ことを指しているはずです。

 しかし、実際の現場ではどうでしょうか。塾の教師や保護者が「問題が速やかに解ける」ことや、「テストで高得点が取れる」ことが成功であり、「解けない」「正解ではない」「テストの点数が悪い」ことを失敗としてしまう雰囲気の中で、算数本来の達成感を味わう学習など可能なのでしょうか。

 周囲の大人たちが表面的な結果のみで成功や失敗を判断するなら、順応性の高い子供たちは同じ価値観を持ち、「とにかく正解する」ことだけが学習の目的になっていくことでしょう。

 中学入試の算数学習では「解法パターン」を身に付けていくことは、もちろん必要です。しかし、「正解しなければならない」「高得点を取らなければならない」という方向に意識が向くと、自分で解き方を考える学習よりも、手っ取り早く解ける方法を教えてもらう学習を選ぶようになってしまいます。つまり、問題の解き方がすぐに思いつかない場合、図を描いたり、数を書き出したりという試行錯誤を全くしようとせず、「先生からの解説を待つ」時間を過ごすようになってしまうのです。さらに、家庭学習においては、先生から教えてもらった解き方をなぞって、反復練習に励むようになります。

 「うちの子にしっかりと教えてほしい」「テストで点数を取らせてほしい」という保護者の要望に対して、進学塾が生徒に数多くの問題の解き方を教え込み、数多くの数値替え・類題を解かせることによって応えようとするのは仕方がないことかもしれません。また、「点数は取れているのだから、それで自信が付いているのだから良いではないか」と思われるかもしれません。

 しかし、それではいけないのです。一番の問題点は受け身の学習に明け暮れていて、主体的な要素がほとんど含まれていないことです。

家庭学習で試行錯誤する時間を確保する

 教えてもらったからできる。そこに「できた感動」はありません。まず、自分で解いてみようとする「チャレンジ精神」があって、次になかなか解けないが何とか答えを出そうとする「試行錯誤」があって、ようやく最後に何とか解き切ったとき、「できた感動」を味わうことができるのです。このような経験を一度でもしてくれたならしめたもの。分からない問題に対してもチャレンジしたくなる意欲が芽生えてきて、メキメキと実力を伸ばしていくでしょう。

 実際の入試においても、合否を決める問題というのは「解き方を覚えていますか?」というスタイルではありません。

 「この問題の解き方を見つけることができますか?」

 「問題文の内容を正しく読み取り、条件整理をすることによって、仕組みを見抜くことができますか?」

 「指示したルールに従って、丁寧に数を書き出すことができますか? そして、それを元に規則性を発見することができますか?」

 など、どれだけ自分の頭と手を働かせて考えてきたか、試行錯誤する力を問うものが主流となっているのです。難関校になればなるほど、この傾向は顕著になってきます。しかし、カリキュラムを消化することを優先した画一的システムで運営される進学塾では、この試行錯誤力は個々の才能に任せるスタンスが取られていることが多いので、家庭学習でこの力を伸ばす時間を確保する必要があるのです。

 具体的な家庭での実践方法としては次の二つがあります。

 (1)手を動かしながら考える

 (2)別解を考える

 それぞれについて、以下に詳しく述べていきます。

手を動かしながら考える練習をする

 塾の授業でよく理解できなかった問題、あるいは理解したつもりでも家でやってみるとすぐにはできない問題、これらは家庭学習において「試行錯誤力」を鍛えるのに良い材料となります。これらの問題を使って、とにかく手を動かしながら考えるトレーニングをしていきます。

 どのように解いたらよいか分かってから解き始めるというやり方は捨てましょう。すぐに解き方の方針が立たなかったとしても、「書き出してみる」「試してみる」ことで、そこから解法の糸口を見つけ出す練習をするのです。

 「条件に合う数を小さい順に書き出してみる」

 「図や表、グラフなど、視覚化できないか試してみる」

 「条件にあてはまるモデルをいくつか作ってみる」

 など、いろいろやってみるうちに、情報が増えていくものです。「試み」と「失敗」を繰り返して自力で答えを出す。たとえ正解にまでは至らなくても行けるところまで考え抜くことが肝要です。

 こういう経験を積み重ねていくことによって、落ち着いて粘り強く戦略を練っていく姿勢が身に付きます。その時には算数の問題を「ゲーム感覚」で楽しめるお子さんになっていることでしょう。

他に解き方はないか考えてみるのも有効

 授業中よく理解できた問題でも、「これは別の解き方が考えられるのではないか」と思われるものは、その別解を考えてみるというのも有効です。例えば、食塩水を交換する問題で先生が食塩水の重さの比を利用して解説したのであれば、面積図やてんびん図に整理したり、1gずつ交換して食塩の移動の様子を調べたりする。図形で辺の比を求めるのに、先生が三角形の相似を利用して解説したのであれば、他の相似形が作れないか、面積比が利用できないか、などといろいろと試してみるのです。

 目の前の問題を解くにはこの解き方が最適だとしても、それと似ていて条件が少し違う問題では別の解き方の方がうまく解けるということはよくあります。

 「こういう問題が出たときには、この解き方で処理する」というような、問題一つに対して、解き方も一つという固定的な取り組みをするのではなく、「視点を増やす」ことによって応用問題に対してもAでダメならBやCを試してみるという柔軟な取り組み方ができるようになります。

 子供自らがそのことに「気付く」経験こそが大切なのです。

 このように深く学ぼうとする姿勢で問題と関わると、その問題に対して愛着が湧くものです。そして、いつまでも印象に残っています。1週間に1題でもかまいませんから、家庭学習の中に組み込んで下さい。

やりがいを持って継続させるためのコツ

「花丸」を付けてあげることで子供の心を動かすことができる(イラストはイメージです)
「花丸」を付けてあげることで子供の心を動かすことができる(イラストはイメージです)

 粘り強い試行錯誤力は一朝一夕に身に付くものではありません。ですから、上記のような取り組みを習慣として続けていかなければ大きな効果は望めないのです。

 かと言って大人から何の働きかけもないのに、自分一人でモチベーションを維持して学習を継続していける子供は少数でしょう。

 正解か不正解かが分かるものに対しては、マルかバツかで評価できますが、「1題をどれだけ深く学んだのか」、その度合いについては外側からの判断は難しいものです。

 私がお勧めしているのは、保護者が「花丸」を付けてあげることです。最後まで解けなかった、別解を思いつかなかった、などという場合でも、何か試した形跡が残っていれば、保護者から無条件で「花丸」を付けてあげるのです。

 「今さら花丸?」と思われるかもしれませんが、高学年であっても子供たちは花丸が大好きです。得点や偏差値での評価よりも、保護者からもらう「花丸」の方がずっとお子さんの心を動かすものであると私は確信しています。

 ノンフィクション作家の稲泉連さんは、エッセー「歌の時間」の中で、スギセンこと杉山先生のことを「どんな教師よりも教育的な存在であった」として、エピソードを紹介しています。そして、この恩師の教育に対するこだわりの一つにテストの採点方法があり、これについて次のように書いてあります(岩波新書「先生!」池上彰編集から)。

 「どんな答案にも点数というものがなく、大きな赤い丸か花丸が付けられているのである。彼のテストの採点は常にこの『できました』と『良くできました』の二段階評価だった。

 不思議なことに、クラスでは点数がないからといって、児童がテストを適当にやることはなかったように思う。僕自身の思いから言えば、答案に付けられた赤くて大きな丸の持つ意味は、テストを受ける自分が一番よく知っていた。たとえ点数が付けられていなくても、懸命に勉強した後の花丸は誇らしく、そうではなかったときはみすぼらしく見える」

 自ら学び、自ら考え、そして「自ら振り返る」ことのできる子供に育ってほしいものです。

 誇らしい花丸が増えることを願ってやみません。

プロフィル
粟根 秀史( あわね・ひでし
 教育研究グループ「エデュケーションフロンティア」代表。森上教育研究所客員研究員。大学在学中から塾講師を始め、35年以上にわたり中学受験の算数を指導。首都圏の大手進学塾教室長、私立小学校教頭を経て、現在は算数教育の研究に専念する傍ら、教材開発やセミナー、講演を行っている。また、独自の指導法によって数多くの「算数大好き少年・少女」を育て、「算数オリンピック」金メダリストや灘中、開成中、桜蔭中の合格者などを輩出している。「中学入試 最高水準問題集 算数」「速ワザ算数シリーズ」(いずれも文英堂)など著作多数。

無断転載・複製を禁じます
1509491 0 マナビレンジャー 合格への道 2020/10/02 16:00:00 2020/10/02 16:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/09/20200929-OYT8I50046-T.jpg?type=thumbnail

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