大妻中野の珠玉の歌声ヒーリング…辛酸なめ子<40>
完了しました
どんなスパルタ指導かと予想していたら

「何度彼女たちに助けられたか……。あの歌声を聴くたびにがんばろうって思えるんです」。そう、目を潤ませ気味におっしゃった大妻中野中高の教頭、諸橋隆男先生。
「きれいごとじゃなくて、
壇上ではジャージ姿の先生が指揮をしながら、丁寧に指導していらっしゃいます。マスク姿の部員たちは、真剣なまなざしで歌っていて、その声量と伸びやかな声にポテンシャルが宿っています。

「最後の音程、ちゃんととってね」「はい!!」
「そこでは~たくさんの~夢が~~♪」
「『の』と『ゆ』の間はちゃんと工夫して」「はい!!」
「リップロールで!」「ブルルルプルルルルルル♪」
「そんな場所が~~もし~~♪」
「鼻濁音は口の上の部分を上手に使わないときれいにいかないね」「はい!!」
「その~~みんな~~♪」
「『の』が長いと伸びたカップラーメンみたいになっちゃうよ」「はい!!」
生徒さんたちの礼儀正しさにも驚かされました。時にメモを取りながら、先生の言葉を吸収しています。そして先生も、時には笑いを交えながら、厳しさと優しさが半々くらいの絶妙な指導法でした。コンクールで優勝するほどの実力のある部だと聞いていたので映画「セッション」のようなスパルタ指導を想像していたのですが……。
受験疲れの保護者も、その歌声に涙を流す

休憩時間、ジャージからスーツへジャニーズ並の早着替えをされた石山明先生と、ピアノの五反美千代先生(大妻中野出身)に話を伺いました。生徒さんたちの歌声のレベルの高さに驚きました、と申し上げると……
「ぽんこつですけどね」と、謙遜する石山先生。前任の校長先生が定年までの40年間、この合唱部を全国区レベルまで手塩にかけて育て上げたあと、他校から引き抜かれた石山先生にバトンタッチ。先生も音大で声楽を専攻されていたそうなので、教え方がさすがプロだと感じました。さきほどの唇をプルプル振るわせるのは秘密のトレーニングなのでは……?

「歌は、楽器を吹く時のように息を流し続けないとならないんです。リップロールは、息が流れ続けていないと音が出ないので、息について意識を高めることができます」と、石山先生。この情報、他校の合唱部が読んでしまっても大丈夫なのでしょうか……。
今回、感染対策に気を付けてマスクで歌っていましたが、合唱ができるようになって良かったと感慨深かったです。
「ちょっと前まで歌うこともできなかったので、大きな前進です。演奏会でもマスクしているのですが、大会の延期や中止が続いていたので、マスクでの合唱でもお客様に聴いてもらえる機会がありがたいです。生徒も救われたと思います」

聴いているお客さんの心も救われたと思います……。諸橋教頭先生によると、学校説明会で合唱部が歌を披露すると、わが子の中学受験で疲れた保護者の方々が涙を流す姿がよく目撃されるようです。実際私も、疲れている時に大妻中野のコンクールの動画を見たら、自然と涙が出てきました。合唱の浄化力を実感。
人の心を動かす歌声を出せるようになるまで、毎日何時間も練習している部員たち。この日も3時間歌い続けるとのことで驚きましたが、
「3時間は短いです。コロナなので昼食をはさまないようにしなければならず、仕方なく午前だけの練習になってしまいました。以前は朝から夕方までずっと歌っていたんです」と、五反先生。デビュー前のK-POPアイドルのようです。実際、練習を重ねて合唱部のアイドルのように大人気になる先輩もいるとか。
「この合唱部の仲間を超えることはできません」

当時、カリスマ的な先輩だったと思われる卒業生にも話を伺うことができました。
岩本伶乃さん、野田彩乃さん、蔭井紀夏さんの3人です。岩本さんと野田さんは同学年。蔭井さんは2学年下で、野田さんと蔭井さんは現在、大妻中野の合唱部のコーチもされています。
さきほど合唱部の練習を見学して、石山先生が生徒さんから信頼されているのが伝わってきました、と申し上げると
「アディダスのスニーカーは私
「そうですね、そうじゃないとやっていけない」と、岩本さん。
「土日など休みの日は朝から夕方まで毎日練習でした」と、当時を思い出していました。喉の疲れはないのでしょうか?
野田さんは「うまく休憩を取り入れるので大丈夫です。休憩の時も、歌詞の解釈や強弱を覚えたり、常に音楽と向き合ってます」と、ストイックな環境を明かしてくれました。
「食べてると寝ている時間以外はほとんど歌ってましたね」と、蔭井さんもおっしゃいます。
喉を守るためにのど
「そうですね。でもずっとのど飴なめてると虫歯になりますよ。コンクール前は忙しくてなかなか歯医者に行けないですが……」と、野田さん。ハードな練習ぶりが伺えます。
コンクールの動画を見ましたが、完璧に歌詞が体に入っているようで安定感がすごかったです。
「何千回も歌ってるから間違えるってことはないですね。一小節ごとに何を注意しなければならないとかも覚えてます」と、岩本さんは当時を振り返りました。
合唱が精神に及ぼす良い効果はどんなものがあるのでしょう? そう伺うと、岩本さんは、
「合唱部のみんなは素直ですね。自分の気持ちをさらけ出さないと歌えないので、飾らない人が多い。合唱は人間の本性が出るんです。本性同士がぶつかってるから一生の仲間になる。恥ずかしい部分や嫌な部分をさらけ出しながら、よりよい人間になっていくんです」と、語りました。部活でそこまでさらけ出すことってあるんですね。自分の部活時代を思い出すと、たしかにモメた時期もありましたが、よそよそしいままになってしまいました……。大妻中野の合唱部は、お互い真正面から向き合い、深くコミュニケーションしているようです。
「私は部長をやってたんですが、みんなの反応が悪かったときは、同期に今の私って何が足りなかった? と聞いてアドバイスをもらいます。ちゃんとその助言を受け入れて話すと反応が変わるんです」という岩本さんの言葉に、
「部長という立場でも仲間なので歩み寄って一緒にやっていきたいです」と、
「卒業してどんな人と出会っても、この合唱部の仲間を超えることはできません」という岩本さんの言葉に蔭井さんも同意します。
「久しぶりに合唱部の友達と会ったんですが、時間が空いてもまるで昨日まで一緒に部活をやっていたような空気感でした。お互いを尊敬し、存在を認めあえる関係です」
「なにか困ったことがあったらまっさきに合唱部の仲間に相談したいですね」と、野田さん。そして岩本さんが
「中高6年間、彼氏がいなかったんですけど、みんなが私の彼氏だったのかもしれない。彼氏の代わりに心を満たしてくれる」と告白すると、「そう思います」と、野田さんも同意。
部員が彼氏がわりになるほどディープな関係性がうらやましいです。
「悲しいときは女性のほうが気持ちを察してくれますよね。一生の友達です」と、岩本さん。「私の人生は合唱部で始まったと言っても過言ではありません」と、強い思い入れを持っていらっしゃるようです。岩本さんはこんなエピソードを語ってくれました。
「高3のとき全国大会に行けなくて目標を見失ってしまったんです。そんなとき老人ホームや病院を回って私達の歌を届けるということをしていたら、全身で喜んでくれていて。歌ってすごく良かったって思いました。コンクールのためだけじゃなく、人に感動を届けるために歌いたいと思いました」
今でも歌うことはあるのでしょうか?
「私は表現することが好きなので大学でダンスをやってました」。岩本さんは歌に続いてダンスも習得して、いつでもデビューできそうです。
「私と蔭井さんは合唱部でコーチをやっています。生徒に見本をみせるために歌ったりしてます」。野田さんと蔭井さんも美声は健在のようです。
カラオケに行って歌がうまくてびっくりされるのでは? と聞くと、岩本さんからは意外な答えが。
「合唱とカラオケの歌い方は違うので、元合唱部じゃんって振られると地獄ですね。喉を開けて歌うので全部合唱になっちゃう。ポピュラーミュージックがしんみりしちゃうんです。でも声は大きいねって言われます」
今後も後輩たちを応援していきたいですか? と伺うと、
「いつ帰ってきても合唱部には存在していてほしい。私達がなしえなかった、全国大会の優勝が
「みんなのがんばっている姿を見るたび、私もがんばろうって思えます」
野田さんも使命感を漂わせ、
「先輩や同期の気持ちをつないでいけるよう、コーチとして先生をサポートしていきたいです」とおっしゃいました。そして蔭井さんには特別な思いがあるようです。
「私の学年は高2のとき、NHK全国学校音楽コンクールで全国一位になりました。合唱の甲子園のような大会です。あのときの景色が本当に忘れられないので後輩にも同じ景色を見てほしいです」
その言葉に、「私はその動画を見て、大学時代はダンスで日本一になろうとがんばってました。社交ダンスの競技バージョンなんですけど、後輩の歌を聞いて本当に一位になりました。私にとって元気の源です」と、感動の面持ちで語る岩本さん。
大妻中野の合唱を聞くと一位になれる……きっと卒業生以外が聞いても、ポジティブな効果がありそうです。合唱を聴いたら本社に栄転したとか、本が増刷したとか、受験に合格したとか、東証一部に上場したとか、そんな感謝の声が集まってくるかもしれません。これからも、時々歌声を聴いてパワーをわけてもらいたいです。
