<速報> 常田富士男さん死去…「まんが日本昔ばなし」語り手
    文字サイズ

    歴史・文化財

    熊本城歴史ひもとく発掘、慶長4年の年号…天守「瓦」の破片

    • 熊本城で出土した瓦の破片などが並ぶわくわく座
      熊本城で出土した瓦の破片などが並ぶわくわく座
    • 観音像が彫られた礎石を説明する網田副所長
      観音像が彫られた礎石を説明する網田副所長

     熊本地震で被災した熊本城(熊本市)の復旧工事に伴い、城内の発掘調査が進んでいる。江戸以前のものとみられる天守閣の瓦の破片も出土し、調査を進める熊本市は「城の歴史をひもとく鍵になる発見があるかもしれない」としている。近くの熊本城ミュージアム「わくわく座」で出土品の一部を展示している。

     市熊本城調査研究センターによると、発掘調査は復旧の参考にするために行われており、出土品から過去の修復履歴や方法を調べている。昨年度は、優先して工事を進める天守閣や飯田丸五階やぐら、長塀などで行った。

     天守閣の石垣の上部では、1599年(慶長4年)から1843年(天保14年)の年号が記された瓦の破片が見つかった。熊本城の築城開始は1601年(慶長6年)が通説となっていたが、同センターは「慶長4年には、瓦を造る段階まで進んでいたことを裏付ける貴重な史料だ」と説明する。

     複数の年号が記された瓦は、石垣内部に敷き詰められた小さな石に交ざっていた。西南戦争が起きた1877年(明治10年)に焼け落ちた瓦とみられる。それまでの間、天守閣の屋根が何度も修理されたことが推測できるという。

     仮設見学通路の建設予定地の調査では、観音像が彫られた中世の「板碑いたび」が、建物の柱を支える礎石に使われていたことも確認した。板碑とは、平たい石に仏像や願主の名前などを刻んだもので、鎌倉から室町時代に多く建てられたという。

     わくわく座では、板碑の写真パネルのほか、西南戦争で官軍が用いたとみられるスナイドル銃の薬きょう、人形が彫られた石垣の石材などが展示されている。同センターの網田龍生副所長は「今後も新たな発見を発信していく。多くの人に興味を持ってもらいたい」と話している。

     24日午後1時からは、発掘調査の成果を紹介する講演会「焼けた瓦と天守」が、わくわく座2階「ものがたり御殿」で開かれる。わくわく座の入館料は大人300円、小中学生100円。

    2018年06月20日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    よみうりSPACEラボ