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    歴史・文化財

    お船江跡初の海底調査、国史跡指定へ保護範囲検討…対馬市教委

    • 海底文化財調査をする宮武委員長(右)ら
      海底文化財調査をする宮武委員長(右)ら

     長崎県対馬市教委が2020年度の国史跡指定を目指している同市厳原町久田の県指定史跡「対馬藩お船江跡」周辺で7月28日、海底文化財調査が初めて行われた。国指定へ向けた範囲の検討や遺構の保護に役立たせるためで、市教委は20年1月、文化庁に指定を申請する予定。

     お船江は1663年(寛文3年)、久田川の河口を開いて築造したとされる。市教委が設置した城郭や歴史、海事史などの専門家で構成する「対馬藩お船江跡総合保全検討委員会」(委員長=宮武正登・佐賀大教授)の現地調査などによると、最北に位置する突堤の石積みの技術的特徴などから、従来の説より半世紀以上前の慶長年間(1596~1615年)に造られた可能性が高い。

     お船江には、防波堤に似た石垣造りの4基の突堤と、藩船の建造や修理、格納などの機能をもった五つの船だまりがある。この遺構は17世紀初頭の安土桃山時代にまで遡ることや、同種の遺跡としては国内最古、最大級の文化財であることなど新たな重要性が浮かび上がってきた。

     今回の調査は、お船江を保護するための指定範囲を検討するのが目的。厳原港へ突き出たような石積みの波戸(防波堤)の内側や、内部への導入水路など、周辺の海域約5500平方メートルを対象に、歴史学、考古学が専門の研究者により、海底に分布する遺物や遺構の有無、状況などを確認することにした。

     潜水調査をしたのは、宮武委員長(日本史学、水中文化遺産学)と、プロの水中カメラマン。宮武委員長によると、導入水路(長さ約55メートル、幅約10メートル)の石垣の一部は、17世紀初め頃に積まれたもので、お船江の築造年代とほぼ同時期の可能性がある。水面におりるための出入り口(幅約2メートルの石段)も確認された。

     長さ約75メートル、幅約4メートルの波戸の先端部の根石には、直径2・2メートル以上の巨大な自然石が並べられ、形状や積み方から江戸時代に築かれたとみられる。お船江を守るために、久田川の土砂や波、風をよける目的で、大規模な土木事業を藩が行ったという新たな価値もわかった。また、海底から江戸時代のものとみられる陶器の破片も多く見つかった。

     市教委文化財課は「お船江が機能した時代の遺構が見つかれば、国指定の条件としては成り立つのではないか」と期待する。宮武委員長は「海洋に面したお船江などの施設は、国内に残っている例が少なく、とても貴重だ。得られた結果を委員会に諮りながら指定範囲を検討し、周辺の海の保護も考えていきたい」と話している。

    2018年08月01日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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