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    歴史・文化財

    「西ノ木屋」で説明会、石組み護岸など発掘…22日唐津市教委

    • 江戸時代後期の護岸が見つかった「唐津城下町跡」の発掘現場=唐津市教委提供
      江戸時代後期の護岸が見つかった「唐津城下町跡」の発掘現場=唐津市教委提供

     佐賀県唐津市魚屋町に残っている唐津城下町跡(遺跡名=唐津城跡)の発掘調査を進めている同市教委は22日、現地で説明会を開く。江戸時代から「西ノ木屋」として知られる豪商・木屋利右衛門の旧宅跡で、石組みの護岸や建物の礎石などが見つかっている。

     跡地は東西5メートル、南北30メートルの約150平方メートル。町田川にかかる「札ノ辻橋」と「千鳥橋」の中間付近にある。今年7月中旬から約1か月かけて調査した。

     文化財調査係の坂井清春さんによると、護岸の下層から、江戸時代後期特有の加工技術を施した直径50センチほどの花こう岩や玄武岩の石垣が出土した。この時代の石工たちは、石の表面に数か所の「矢穴やあな」を刻み、穴にくさび状の鉄(矢)を打ち込んで石を割っていたという。石垣にはそうした痕跡のものがあり、坂井さんは「城下町を形成していた貴重な遺構」と話している。

     木屋利右衛門について、郷土史誌「末盧国」(1983年発行)は、豊臣秀吉が名護屋城を築く際、築城に必要な材木運搬船の船頭として泉州堺(大阪府)から唐津市に移り住んだ、と記している。徳川時代有数の豪商とされ、酒造業も営んでいた。

     坂井さんは「出土した護岸は、酒造りに必要な米を積んだ船が接岸するために利用していたのではないか」と話しており、当時の唐津城下のにぎわいを知る手がかりになりそうだ。

     22日の説明会は、午前10時から午後2時までの4回で、弱い雨なら行う。集合場所は千鳥橋。問い合わせは市生涯学習文化財課(0955・72・9171)

    2018年09月21日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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