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    歴史・文化財

    西郷菊次郎の宿舎特定、京都の寺院「聖護院門跡」…市長時代当時の電話帳を研究家確認

    • 西郷菊次郎の宿舎があった聖護院門跡(京都市左京区で)
      西郷菊次郎の宿舎があった聖護院門跡(京都市左京区で)
    • 西郷菊次郎(京都市上下水道局提供)
      西郷菊次郎(京都市上下水道局提供)

     西郷隆盛の長男で、京都市長として都市基盤づくりに尽力した西郷菊次郎(1861~1928年)が住んだ宿舎が、同市左京区の寺院「聖護院しょうごいん門跡」内にあったことを示す当時の資料を、歴史研究家の原田良子さん(51)(京都市)が確認した。

     原田さんによると、菊次郎の宿舎は当時の「京都府職員録」などに「上京区聖護院町」と記されている。ただ、番地などの詳細は載っておらず、地名としての「聖護院町」なのか、寺院内を指しているのかが判然としていなかった。

     原田さんは、職員録に「電一〇四番」とあるのに着目。昨秋、京都府の歴史資料館「京都学・歴彩館」(京都市)が保管していた1908年(明治41年)の電話帳「京都電話番号連合広告簿」を探し当て、「聖護院町聖護院内京都市長宅西郷菊次郎」との記載があるのを見つけた。研究結果は9月、経緯を西郷南洲顕彰会(鹿児島市)の機関誌「敬天愛人」に発表した。

     菊次郎は、西郷が幕府の目を逃れるために潜んだ奄美大島で、2番目の妻の愛加那との間に生まれた。9歳で鹿児島の西郷家に引き取られ、米国留学を経て西南戦争に薩軍として参戦。右足に銃弾を受けて切断した。

     外務省や台湾総督府などを経て、1904年(明治37年)10月から約6年9か月間、2代目の京都市長を務めた。京都に水を供給する「第二琵琶湖疏水そすい」の築造や道路拡幅、市電整備を主導して都市基盤づくりを進めた。放映中のNHK大河ドラマ「西郷どん」では、西田敏行さんが菊次郎役として登場している。

     聖護院門跡周辺は、現在も1897年(明治30年)開学の京都大がある文教地区として知られる。元小学校教員で、西郷にまつわる歴史を研究している原田さんは「当時の菊次郎の暮らしぶりの一端が垣間見える。子どもの教育のため、この地を選んだのではないか」と推測する。近くには義足の業者もあったという。

     西郷隆盛のひ孫で菊次郎の孫、西郷隆文さん(70)(日置市)は、「母から『菊次郎さんは聖護院の中に住んでいた』と聞いたことはあったが、今回の研究で確信できた」と喜ぶ。原口泉・志学館大教授(日本近世・近代史)は「聖護院は皇族との関係も深く、宿舎としてはふさわしい」と話している。

    ◆聖護院門跡

     天台宗の流れをくむ本山修験宗ほんざんしゅげんしゅうの総本山。山岳修行を行う山伏(修験道)の寺で、出家した皇族が代々住職を務めたことでも知られる。江戸時代には御所の火災に伴い、皇居としても使用されたことから、「聖護院旧仮皇居」として国の史跡に指定されている。

    2018年11月07日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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