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    歴史・文化財

    昭和初期の小倉の風景を市民グループ、中央図書館に寄贈…ガラス乾板を電子データ化

    • 「出立する歩兵14連隊」と題した写真。右側には礼服姿の男性たちの姿も見える(北九州市提供)
      「出立する歩兵14連隊」と題した写真。右側には礼服姿の男性たちの姿も見える(北九州市提供)
    • 材木が浮かぶ紫川の写真(北九州市提供)
      材木が浮かぶ紫川の写真(北九州市提供)
    • データを手渡す久門さん(右)と末永さん(右から2人目)
      データを手渡す久門さん(右)と末永さん(右から2人目)

     北九州市の市民グループ「菊ケ丘『語ろう会』」が、昭和初期とみられる小倉の風景が映ったガラス乾板37枚をデジタルデータ化した。画像を寄贈された市立中央図書館(小倉北区)は「貴重な資料。市民のために活用したい」としている。

     ガラス乾板は長辺16・5センチ、短辺12センチ、厚さ1ミリのキャビネ判。図書館によると、地下の書庫に紙箱に入った状態で保管されていたが、撮影時期や場所、いつから保管されていたかなどは分からないという。

     会の久門守代表世話人(74)と、末永裕貴さん(69)の2人が調査。知人から乾板の存在を教えられ、昨年10月に名古屋市の出版社に依頼して電子データ化した。

     乾板は大正~昭和期に使われていた。当時のカメラは高価で、一般には手に入りづらいものだった。旧小倉市以外の写真がなかったことなどから、2人は撮影者を市の委託を受けた写真技師と推定。神社の画像に「昭和弐年」の文字があったことや、1928年(昭和3年)に小倉城跡から旧企救町に移転した陸軍歩兵連隊の写真が多いことなどで、同年のものと結論づけた。

     画像データの中には、材木が浮かぶ紫川の写真や、馬に乗った軍人を礼服姿の人が見送る写真、女流俳人の杉田久女(1890~1946年)が好んだという「座禅石」とみられる岩の写真もあった。

     久門さんは「旧小倉市は長く陸軍の駐屯地として利用され、撮影はもとより、スケッチすら制限されていた。こうした画像が残っていたことは、今後の研究資料として価値がある」と話す。

     会は来年3月から、小倉北区や小倉南区で報告会を開いてさらに証言を集め、2020年に報告書の完全版を作成するという。

     久門さんは「次の世代に残すことができる数少ないテーマに取り組めた」と語り、末永さんも「どんな証言が集まるか、今から楽しみ」と話している。

    2018年11月14日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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