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    <取材を終えて>深みを増す言葉

    人々の心に息づく実感

    • 文也を抱えた中也(中原中也記念館提供)
      文也を抱えた中也(中原中也記念館提供)

     「現代に生きる中原中也が、どこにいるか探り当てようとしてきた」。昨秋、中也研究の第一人者で詩人の佐々木幹郎みきろうさん(69)(東京)が語ったこの言葉が、今回の連載のきっかけとなった。

     佐々木さんは当時、研究者やファンらで構成する「中原中也の会」(事務局・山口市)の会長だった。会員との交流などを通じて、中也の言葉が、多くの人々の心の中で息づいていることを実感していた。

     ミカン農家の女性や、翻訳を志す中国人学生、自ら短歌を詠みながら孫に詩作を勧める女性――。実際に取材を進めると、年齢や境遇は異なるが、それぞれが中也の作品と向き合い、それぞれの道を歩んでいた。

     取材した記者にとっても、中也は特別な存在だ。

     〈思へば遠く来たもんだ/十二の冬のあの夕べ/港の空に鳴り響いた/汽笛の湯気ゆげは今いづこ〉

     高校生の時、この一節で始まる「頑是がんぜない歌」と出会った。当時は、将来への漠然とした不安を抱えていた頃。この言葉は、心に深く響いた。

     詩はこう続く。

     〈それから何年つたことか/汽笛の湯気を茫然ぼうぜんと/で追ひかなしくなつてゐた/あの頃の俺はいまいづこ

     今では女房子供持ち/思へば遠く来たもんだ/此の先まだまだ何時までか/生きてゆくのであらうけど〉

     あれからおよそ25年――。故郷の長崎を離れて学び、働き、結婚。そして今は、2人の子どもに恵まれている。「思へば遠く来たもんだ」。この言葉は、一層深みを増している。

     最近は、こんな詩に心を動かされている。

     〈また来ん春と人はふ/しかし私は辛いのだ/春が来たつて何になろ/あの子が返つて来るぢやない

     おもへば今年の五月には/おまへを抱いて動物園/象を見せてもにゃあといひ/鳥を見せてもにゃあだつた(中略)

     ほんにおまへもあの時は/此の世の光のたゞ中に/立つて眺めてゐたつけが……〉(「また来ん春……」より)

     これは、2歳で他界した長男・文也を追悼した詩だ。元気だった頃の文也を抱えて笑みをこぼす中也の写真を見ると、同じ父として、その悲しみが身にしみる。

     「中也の言葉は時代を超えて響く。人間の本質は今も昔も変わらないということではないか」。中也の遠縁に当たる写真家・吉田せいさん(63)(兵庫県芦屋市)から聞いた言葉が耳に残る。

     「頑是ない歌」は、こう締めくくられる。

     〈さりとて生きてゆく限り/結局る僕の性質さが/と思へばなんだか我ながら/いたはしいよなものですよ(中略)

     思ふけれどもそれもそれ/十二の冬のあの夕べ/港の空に鳴り響いた/汽笛の湯気や今いづこ〉

     生きがたさや悲しみ、切なさ。様々な思いを抱えながらも、なんとか一歩を踏み出そうとする人々――。あなたの心の中でも、中也は生きているかもしれない。(北川洋平)

    2017年01月08日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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