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    <5>好きな詩を交換

    新しい交流に一役

     山口市湯田温泉にある中原中也記念館。生家跡に建てられた同館の庭で、来館者がカードを交換していた。

     〈私はその日人生に、/椅子を失くした。〉(「港市の秋」より)

     カードには中也の言葉が記されていた。「この詩いいですよね」「私も忘れられない言葉なの」。弾んだ声が響いた。イベントを運営した県立大2年の久米愛美さん(20)は「中也の言葉から、人のつながりを生み出せた」と笑顔だった。

         ◇

     久米さんは、宮崎県都城市出身。大学受験中だった高校3年の冬、地元の図書館で手にした詩集の表紙に、「港市の秋」の言葉が書かれていた。「簡単な言葉なのに、とても深みがある」と心を打たれた。

     2015年に中也の故郷・山口市にある県立大に進学。同大の学生は13年から、地域振興の一環として、中也記念館でカードを交換する「メイシ交換会」のイベントを始めており、自らも参加した。

     昨年10月のイベントでは、カードで「あなたの選ぶ中也の一節は?」と尋ねた。

     〈夏の昼の青々した木かげは/私の後悔をなだめてくれる〉(「木蔭」より)

     〈ひろごりて たひらかの空、/土手づたひ きえてゆくかな/うつくしき さまざまの夢。〉(「朝の歌」より)

     建物の壁に飾られたカードの言葉を見て、来館者は「この言葉はいい」「こんな詩もあったんだ」と見入っていた。

     大学で中也を研究しているという岡山市の阿部美里さん(22)は、県立大の学生らと連絡先を交換。「普段、中也について語れる人は周囲にいない。交流できて、すごくうれしい」とほほ笑んだ。

         ◇

     久米さんは昨年12月、学内で中也の詩を学ぶ会合も開いた。

     〈ポツカリ月が出ましたら、/舟を浮べて出掛けませう。/波はヒタヒタ打つでせう、/風も少しはあるでせう。〉

     この一節で始まる「湖上こじょう」を参加者に紹介。この詩から連想する言葉を挙げてもらった。さらに、その言葉を組み合わせて、詩の創作を試みた。

     〈藍色の海 黄金の月/木舟と流れる声と時間/次はいつ?/繰り返す かい/波の音だけ、囲ってる〉

     議論は白熱し、テーブルを囲む顔に笑みが広がった。

     「中也の言葉には、人とのつながりや新しい何かを生み出す力があると思う。魅力をもっと伝えながら、自分なりの表現や考え方も探し当てたい」

     中也の詩と向き合いながら、手探りで自分の道を模索する日が続く。(この連載は北川洋平、水木智が担当しました)

    〈同時代の文人たち〉

    故郷愛した宇野千代

     宇野千代(1897~1996年)は岩国市出身。3度の結婚を経た自身の遍歴を基に「おはん」「色ざんげ」などの小説を書いた。

     岩国高等女学校(現・岩国高)を卒業後、1917年に上京。26歳で小説家の尾崎士郎と、41歳の時は小説家・北原武夫と結婚した。

     中也と親しかった美術評論家の青山二郎や、文芸評論家の小林秀雄と交友があった。

     宇野と交際があったNPO法人「宇野千代生家」副理事長の古川豊子さん(81)=写真=は「晩年には生家を修復し、度々帰郷するなど、故郷を愛する気持ちが強かった。様々な経験を経て書かれた作品には、言葉一つ一つに重みがあり、前向きな生き方を教えてくれる」と話す。

     ◇「紡ぐ・中也生誕110年」へのご意見をお寄せください。宛先は山口総局(yamaguchi●yomiuri.com、送信の際は●を@に変えてください)。

    2017年01月07日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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