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    水俣病苦しみ本に残す、公害認定50年出版・復刊相次ぐ…患者らの言葉まとめる

     公害病認定から今年で50年となった水俣病をテーマにした書籍の出版や復刊が相次いでいる。症状に苦しみ社会的孤立に直面する被害者らの証言を教訓として残したいとの思いがこもっている。

     「水俣病だと家族にすら明かせず苦しむ人々がまだ多くいます。その存在を知ってほしい」

     水俣市の患者支援団体「水俣病センター相思社」職員、永野三智さん(34)は9月、交流のある患者ら約80人の声をまとめた初めての著書「みな、やっとの思いで坂をのぼる」(出版社・ころから)を出版した。

     地元出身の永野さんは、2008年から相思社で、患者や、被害を訴えて患者認定を望む住民らの相談に応じてきた。

     ある女性相談者は、水俣病の症状を訴える娘に相思社を紹介する一方、「お互いが水俣病だと知ったら惨めなだけ」と、自身が行政的な救済を受けた被害者であることは秘密にしている。永野さんは「水俣病は惨めではない」と、娘に打ち明けるよう勧めるが、女性は果たせていない。

     別の男性は、妻や子には「水俣病と分かったら嫌われる」と症状を隠しながら、「でも、俺の存在を認めてほしい」と相思社で患者認定の申請手続きを進める。

     著書ではこうした相談者の言葉や自身の所感をつづった。題名は、相思社に続く長い坂を上ってくる相談者の姿から付けた。

     水俣市の被害者団体「水俣病不知火患者会」は5月、大石利生会長(7月に78歳で死去)の半生をまとめた「不知火の海にいのちを紡いで すべての水俣病被害者救済と未来への責任」(大月書店)を出版した。

     大石会長は、会員らが原因企業・チッソなどに損害賠償を求めた訴訟で原告団長を務め、被害者の掘り起こしなどに努めた。がんが進行する中、「自分の体験と思いを継承したい」と、病室などでルポライターの取材を受け、亡くなる2か月前に出版にこぎつけた。

     本には、係争中の集団訴訟の経過なども記した。同会の元島市朗事務局長(63)は「会長は最期まで、被害者の救済を願っていた。水俣病は現在進行形の問題だと知ってほしい」と話す。

     10月には、水俣病で幼子を失った一家の悲しみを描いた絵本「みなまたの木」が地湧社(東京)から約4年ぶりに復刊された。

     長野県の絵本作家、三枝三七子さん(51)が11年、水俣病研究の第一人者、原田正純医師(12年に77歳で死去)の監修を受け、初版を刊行。一度は絶版となったが、資金集めを続け、復刊を果たした。胎児性患者の「水俣病は終わっていない」という訴えを受け、「かなしみは終わることはない」と言葉を加えている。

     三枝さんは「これからを生きる子どもたちに、公害の悲劇を感じ取ってほしい」と訴えている。

    2018年11月18日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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