[安心の設計 みんなで未来へ]生涯現役社会<4>60代不採用「またか」

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机に並べた履歴書を見ながら、苦戦した就職活動を振り返る堀尾さん(大阪府東大阪市で、写真は一部修整しています)
机に並べた履歴書を見ながら、苦戦した就職活動を振り返る堀尾さん(大阪府東大阪市で、写真は一部修整しています)

 「66歳かあ、いつまで働けるかねえ」。1年ほど前、空調設備会社の面接でそう言われた大阪府東大阪市の堀尾真弓さん(67)は「またか」とうなだれた。「経歴が同じなら、若い人の方がいいわよね」。案の定、不採用の連絡が来た。

 25年間働いた化学薬品の製造販売会社から「社員の若返りを図りたい」と相談され、2017年末に66歳で退職。「60歳の定年を過ぎても長く働かせてもらった」と感謝しているが、その後の就職活動で年齢の壁にぶつかった。

 ハローワークで「年齢制限なし」の条件で検索すると、2000社ほどヒットした。でも、各社の募集要項をよく見ると「定年60歳」「定年65歳」ともあり、実際に応募できたのは6社だけだった。

 なかなかフルタイムの仕事が決まらず、ホテルで朝食バイキングのパートをしながらハローワークに通った。半年で70社に履歴書を送り、面接まで進んだのは13社。昨年8月、やっと機械工具の会社に採用され、今はネット販売用の資料作りをしている。

 フルタイムにこだわるのには理由がある。34年前に離婚後、長男とは別々に暮らしてきた。元夫が5年前に他界すると、引きこもり状態の44歳の長男が残った。今はその生活費を出している。「小さい頃、一緒に過ごせなかった申し訳なさがある」。自分の背中を見て何かを感じてほしいと思いつつ、まずは自分が働き続けることにした。「年齢ではなく働けるかどうかで判断する社会になればいいのに」。そう願っている。

          ◎

 年齢、給料、体力……。意欲はあっても条件が合わずに働けない。そんなシニアは少なくありません。今回の「みんなで未来へ」は生涯現役社会の課題を考えます。

転職 シニア試練

 定年後、新たに仕事を見つけようにも、行く手にはいくつもの困難が待ち受けている。年齢だけの問題ではない。やっと仕事をみつけても、年下の上司や同僚とうまくいかないこともある。そんな経験をした人たちの姿に迫った。

 

履歴書140通 やっと採用…60歳 年齢の壁

「履歴書を送ってもほとんど通らなかった」と語る女性。転職サイトからは今も求人のメールが届く(1月29日、東京都港区で) 
「履歴書を送ってもほとんど通らなかった」と語る女性。転職サイトからは今も求人のメールが届く(1月29日、東京都港区で) 

 昨秋、千葉県松戸市に住む女性(60)は、ノートパソコンでメールをチェックしながら、深いため息をついた。「今後のますますのご活躍をお祈りしています」。企業からの不採用を伝える「お祈りメール」。もう何度となく受け取った知らせに、焦りを募らせた。

 主に輸入食品を扱う貿易会社に20年近く勤め、昨年10月に部長職で定年退職した。再雇用で働き続ける道もあったが、それでは収入は半減してしまう。「経験もあるし、仕事はすぐに見つかるはず」。そう高をくくっていた。

 しかし、地元のハローワークでは、担当者から「事務職にこだわると、年齢が高めの人は難しい」と言われた。朝から晩までパソコンに向かって、インターネットの転職サイトとにらめっこする日々が始まった。

 貿易関係、商社、アパレル……。山のようにある求人情報に一つ一つ目を通し、年齢条件を載せていない会社があれば、手当たり次第に応募した。新聞に折り込まれている求人広告も細かくチェックした。

 約2か月半の間にメールや郵便などで送った履歴書は全部で142通になったが、面接までこぎ着けたのは3社だけ。お祈りメールが届くならまだいい方で、そのまま音沙汰のないところもあった。「お得な即戦力になるつもりだったけど、自信がなくなった。定年を過ぎたおばさんは、最初からターゲット外なのかも」。そんな思いもよぎった。

 ただ、あきらめるわけにはいかなかった。40代半ばで授かった息子は、まだ中学校に通っている。ビルメンテナンスの仕事をする夫(58)と共働きで家計を支えてきたが、高校受験に向けた学習塾の費用も結構かさんでいた。

 「息子が大学を出るまであと7年は稼がなきゃ」。自分が苦労してきただけに、一人息子には、大学までちゃんと通わせてあげたいと強く思っている。

 自身は母子家庭で育った。母親は、居酒屋の皿洗いやビルの清掃など、仕事をかけ持ちして自分を育ててくれた。それでも家計は苦しく、夕飯のおかずがさつま揚げ一つという日もしょっちゅうだった。いつも「おなかいっぱい食べたい」と思っていた。

 1974年、中学を卒業して、大手カメラメーカーの工場に就職した。レンズを組み立てる仕事をしながら、定時制高校に通った。眠りにつくのは午前2時過ぎで、職場で居眠りをしては注意された。それでも上司や同僚に恵まれ、働くことは楽しかった。

 行動力には自信がある。ホームドラマで憧れたアメリカへは、休みの度に旅行に出かけた。思いが募り、30歳を前にして、仕事を辞めてニューヨークへ。当時、女性の一人旅は珍しかったが、ロサンゼルスやサンフランシスコを3か月ほど放浪した。帰国後に、ハローワークの職業訓練で貿易事務や経理を学び、貿易会社に入った。

 食品や調味料の買い付けに東南アジアやヨーロッパに行き、英語での交渉もこなした。現地の工場で缶詰の検品作業に立ちあったこともある。海外で発掘した商品が日本の店頭に並ぶのを見るのが、仕事のやりがいだった。「子どもの頃、貧しかったこともあって、自立しなくちゃいけないという気持ちが強く、必死で生きてきた」

 昨年12月、ようやく輸入品を扱う外資系の会社に採用された。

 「断られ続けたから、そりゃ、うれしかったわよ。もし、仕事が見つからないままだったら、子どもの頃から夢だった漫画家にでもなってみようかと思っていたわ」

 年明けから、事務の仕事を始めている。最近できたばかりのベンチャー企業だけに、何歳まで働き続けられるのかなど、考え出せば不安は尽きない。今はただ、とりあえず就職できたことに、ほっとしている。

 

キャリア捨て ゼロから…60歳 若い上司に不満

スーパーに就職後、子どもからもらった励ましの手紙を眺める男性(1月25日、前橋市で)
スーパーに就職後、子どもからもらった励ましの手紙を眺める男性(1月25日、前橋市で)

 「ここを辞めたら、おじいさんに行く所はないんじゃない?」。前橋市の男性(60)は2016年秋、58歳で転職した老人ホームで、若い上司からこう言われた。体調が悪そうな入居者を病院へ連れて行かないことに意見した後のことだ。

 社会福祉士の資格を持ち、57歳まで20年以上勤めた障害者支援施設では、管理職だった。そのせいか、老人ホームでは年下の上司の指示や仕事ぶりに納得がいかず、プライドも傷ついた。「うるさい若造だ」。4日で退職届を出した。

 次に勤めた老人ホームでも、福祉の知識はあるのに簡単な仕事しかやらせてもらえず、2週間しか持たなかった。「これでは家族にあきれられてしまう」。ふがいなさが募った。

 障害者支援施設を辞めたのは、認知症が悪化した独り暮らしの母親の介護のためだった。「経験と実績があれば、再就職できるだろう」と考え、退職した。

 母親を預ける施設が見つかり、1年後に就職活動を始めた。人手不足の介護業界で、すぐに老人ホームで採用されたが、2度も失敗。再就職について相談した知人の言葉がよみがえった。「キャリアは元の施設でしか通用しない。いったん離れれば、ただの人だからね」

 「もう福祉の仕事は無理かな」。諦めかけていた時、スーパーの鮮魚加工の求人広告を目にした。嘱託社員で採用され、新たに覚えることばかりで大変だったが、今度は年下の上司の指示にも従うことができた。

 今は、マグロやタコなどの刺し身を1日100パックほど作る。盛りつけ方を工夫するのが楽しく、売り上げが系列店で1位になったこともある。店長には「刺し身は全て任せる」と言われた。必要とされていることがうれしかった。

 ただ、契約は6か月更新で、給料は以前の半分以下。家のローンは80歳まで続く。妻はパートに出て、成人した2人の子どもも月に5万円ずつ家計に入れている。

 「正社員として働けていれば……」と悔やみつつ、「再就職を断念していたら、家にこもっていたかもしれない」とも思う。再就職を目指す同年代に、助言するならこうだ。「過去の自分に自信があっても、むしろ同じ分野の仕事は避けた方がいい。別の仕事に目を向けてみるのもいいですよ」

 

職探し 視野広げてみては

 シニアが働くには、どんな心構えが必要か。独立行政法人「高齢・障害・求職者雇用支援機構」の浅野浩美雇用推進・研究部長に聞いた。

      ◇

 ――希望する仕事がうまく見つからない時は。

 「キャリアにこだわり、選択肢を狭めるのではなく、視野を広げてみるのも一案です。給料や責任の重さがそれまでと違っても、培ってきた経験は生かせます。一番大切なのは、『これまでの自分がどうだったか』ではなく『今の自分に何ができるのか、どんな役割が求められているのか』を考えることです」

 ――就業時間や仕事内容が、望んでいたのと異なる場合は。

 「どんな働き方をしたいか、まずは会社に伝える必要があります。上司が年下だったりすると、上司の方からは尋ねにくいということもあるので、思いが伝わらないと嘆くのではなく、自ら歩み寄る姿勢も大切です。希望通りにならなかったとしても、話をすることで、互いに納得することが大事です」

 

職種限られ、低賃金…

 年齢にかかわりなく活躍できるエイジレス社会――。この言葉に勇気づけられる人は多いでしょう。でも、働きたいのに仕事に就けない65歳以上の高齢者は推計約220万人います。あなたは、高齢になっても、自分に合った仕事をすんなり見つけられそうですか。

      ◇

 高齢者が新しい仕事に就いて活躍するには、いくつもの壁が立ちはだかる。

 一つは、年齢の壁だ。リクルートジョブズが2018年、600社に行った調査が興味深い。60歳以上のシニア層の採用に「積極的ではない」と答えた企業が約7割。その理由(複数回答)は「特にない」(約4割)が最多だった。「特に根拠があるわけではないが、高齢者は雇いづらい印象がある……」。あるメーカー幹部は事情を明かす。

 ただ、企業は、こうした本音があっても、表には出さない。雇用対策法で事業主は、募集・採用で年齢制限を設けることを原則禁じられているためだ。「見えない壁」に繰り返しはね返され、戸惑う高齢者も少なくない。

 実際にシニアが就ける仕事の幅が広くないことも、壁の一つだ。総務省の18年の調査によると、清掃の仕事をしている65歳以上は49万人。6年前の12年より22万人増え、この仕事に就く人の3人に1人を占める。この間、調理は16万人、介護の仕事は12万人増えた。

 これらの仕事については高齢者の存在感が高まっているのに対し、営業などの仕事は、高齢者の比率が低いままだ。

 労働政策研究・研修機構が14年に行った60歳代対象の調査で、働きたくても働けない男性の41%、女性の32%が、「適当な仕事が見つからなかった」を主な理由に挙げた。

 処遇が下がるというハードルもある。経済的な理由で働かざるを得ない人も多いが、国税庁などの調査によると、60代以降の年間給与はガクンと下がるのが実情。収入が不安定な非正規雇用の人は、65歳以上で男女ともに7割を超える。

 このほか、高齢者の場合、自分の健康不安や家族の介護などの事情が重なることもある。

 日本総合研究所の安井洋輔主任研究員は「人手不足に直面している企業が週2、3日の勤務を可能にするなどシニアの採用に本格的に取り組み始めた」と指摘しつつも、「活躍に応じて収入を得られる制度の導入など、さらなる工夫が必要」と話す。

 人口減の中、社会の支え手を増やすうえで、高齢者は切り札になりうる。年齢にかかわりなく、意欲と能力に応じて働ける社会は、時代の要請ともいえる。

雇う側の工夫 必要…能力、健康に個人差

 仕事の能力や健康面の個人差がネック――。読売新聞社が昨年11~12月、主要企業122社に行った調査で、65歳以降の雇用について、こんな企業の意識が浮かび上がった。

 調査で、65歳以降も働ける制度の実施・検討状況を尋ねたところ、30%の企業が「取り組んでおらず、検討もしていない」と答えた。その理由を尋ねた設問(複数回答)では、約4割が「仕事の能力や健康面で個人差が大きい」を選択。「活用方法や能力開発が難しい」も約3割に上った。

 ただ、個人差などの問題は、働き方を柔軟で多様なものにすることで打開することもできる。実際、週数日や早朝の勤務など、シニアの事情に合わせた求人が広がりつつある。

 人手不足を背景に、高齢者に対する企業の意識も変わってきた。新たにシニアを採用したところ、お客さんへの声かけが上手で売り上げが伸びるなどし、募集を拡大している小売業もある。

 リクルートジョブズの宇佐川邦子・ジョブズリサーチセンター長は「荷物を運ぶ負担を機械で軽くしたり、マニュアルを動画にして仕事を覚えやすくしたりした企業もある。シニアの能力を引き出し、活用できる企業が生き残る時代になる」と強調する。

 人口減社会の中、シニアの力をどういかすか。雇う側の知恵と工夫が求められている。

438813 1 ライフ 2019/02/11 05:00:00 2019/02/10 23:55:00 「書類を送ってもほとんど通らなかった」と語る女性。登録してある転職サイトからは今も求人のメールが届く https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190210-OYT8I50021-T.jpg?type=thumbnail

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