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「はじめての春」~ロックダウン下のパリノート(2)

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 ぎしぎし、みしみし、といつもの音が聞こえてきます。どんどん、どたどた、と結構大きなこともあります。これはご近所さんたちが運動をする音です。音によって、踊っているな、とか、スクワットしているな、とか、子供たちが飛んだり跳ねたりしているな、とその絵が浮かぶようになってきました。

辻仁成のパリノート

 パリ在住の作家・ミュージシャン辻仁成さんが、新型コロナウイルスで都市封鎖が続くパリでの子育てや、暮らしの様子を伝えます。

 辻 仁成(Tsuji Hitonari)

 1959年、東京生まれ、パリ在住。作家。89年「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞。97年「海峡の光」で芥川賞、99年「白仏」のフランス語翻訳版「Le Bouddha blanc」で仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。長男が小学5年生の頃から、シングルファーザーとしてパリで子育てを行う。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Webマガジン「Design Stories」主宰。

 ぼくのアパルトマンが入った建物は築120年の歴史的建造物で、そう言うと聞こえはいいのですが、床も壁も薄く、やたら音が筒抜けなのです。ロックダウンから6週間目、外出制限の心的影響がじわじわ出てきました。外出証明書に必要事項を記入し携帯していれば、買い物も散歩も結構自由に出来ます。

 ロックダウン当初は息子と二人で日中走っていたのですが、2週間ほど前からジョギングやスポーツは10時から19時まで禁止となってしまいました。なので19時になると待ちかねていたランナーたちが出てきて、公園の周辺は大混雑。走者の吐き出す息は何メートルも広く飛ぶと言われているので、ちょっと怖くなり、結局、走るのを止めてしまいました。

 買い物も週に一度まとめ買いするので、家にこもりがちになり、結局、運動不足になって身体が鈍ってしまいました。みしみし、ぎしぎしという音がぼくを焚きつけてきます。運動して体力をつけないと、新型コロナにかかるどころか、その前に身体がダメになってしまうぞ、という天の声まで聞こえてくる始末。運動不足もさることながら、太陽の光も足りません。

 そこで、散歩をすることにしたのです。毎日、一時間、法令に則って、半径一キロ以内を歩くようになりました。幸いなことにロックダウン以降、パリは連日晴天が続いています。しかも、春なので、どこもかしこも花が咲き乱れています。さらに、ロックダウンなので車もバイクも自転車さえ走っていません。

 大通りの真ん中を歩く人も結構います。ひかれる心配がないからです。車が消えたので、深刻だった大気汚染もなくなりました。歴史的なパリの街並みを独り占めしながら、ぼくは太陽をいっぱい浴びて歩き続けます。まるで夢の中にいるような非現実的世界がどこまでも続いています。

 セーヌ川に辿り着きました。輝く川面を眺めながら、目を閉じ、深呼吸をしました。船も、人も、車も、飛行機も、動くものが何もあたりにない、ある意味幻想的なパリのど真ん中で…。在仏18年になりますが、このようなパリを経験したことがありません。このような春を経験したことがありませんでした。

 地球は今、ぼくたちに、大きな課題を突き付けています。この長い休暇の間に、ぼくらは次の世界との向き合い方についてじっくりと考える必要があるのでしょう。この春が終わる頃、人々はどのような未来像を抱えてこの世界に戻ってくるのでしょうか。

「辻仁成のパリノート」一覧はこちら

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1191750 0 ライフ 2020/04/28 17:30:46 2020/05/19 17:18:33 2020/05/19 17:18:33 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/04/paris2.jpg?type=thumbnail

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