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気仙沼 奇跡のブルー…避難所で漁師の言葉から着想「メカジキジーンズ」

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メカジキの角を手に、「震災後、人とのつながりでできたことがたくさんあった」と話す及川さん。手前が「メカジキジーンズ」(宮城県気仙沼市で)
メカジキの角を手に、「震災後、人とのつながりでできたことがたくさんあった」と話す及川さん。手前が「メカジキジーンズ」(宮城県気仙沼市で)

 漁師町の誇りが込められたジーンズがある。宮城県気仙沼市の縫製会社「オイカワデニム」が震災を契機に作った「メカジキジーンズ」だ。

 1981年創業。大手の下請け縫製を担ってきたが、2005年、現社長の及川洋さん(47)が中心になりジーンズブランド「スタジオ・ゼロ」を設立した。イタリアの展示会にも出展し、欧州のサッカー選手も着用した。高い技術力が評価され、販売が軌道に乗りはじめたとき、震災に見舞われた。

震災時は地元住民が避難した「オイカワデニム」の工場(提供写真)
震災時は地元住民が避難した「オイカワデニム」の工場(提供写真)

 倉庫や及川さんの実家は津波で流失。出荷前だったジーンズ約5000本も流された。しかし、海抜50メートルの高台にあった工場は被災を免れた。民間の避難所として、地域住民約150人を受け入れた。

 水もガソリンもない過酷な状況だったが、学ぶことも多かったという。あまり縁がなかった漁師など地元の人たちと交流することができたからだ。及川さんは「震災を機に、地元ならではのものづくりをしたかった」と振り返る。

 着目したのは、気仙沼で水揚げ量日本一を誇るメカジキだ。避難所で知り合った漁師から「メカジキの長く伸びている角は船上で捨てている」と聞き、ジーンズの素材として再利用することを思いついたという。

 角を粉末にし綿に混ぜ込んだ。最初は、焼き魚のにおいがして失敗。魚臭さをなくすため、特殊な炉で炭化させるなど2年半ほど試行錯誤を繰り返した。15年、生地に角を配合した世界初のメカジキジーンズが誕生した。

ジーンズの内側には、メカジキをデザインしたタグが付けられている(提供写真)
ジーンズの内側には、メカジキをデザインしたタグが付けられている(提供写真)

 男性用で、色はメカジキの体色をイメージした濃紺。ストレートとスリムフィットの2種類とも、裾を折り返すと鮮やかな青のステッチが見えて、かわいい。及川さんは「はき込むことで色が落ち、メカジキの腹の色であるブルーグレーに近づく」とほほえむ。

 地元の人たちに愛用されているジーンズは現在、仙台市内の百貨店のほか、都内のセレクトショップでも取り扱う。海外からの問い合わせもあるという。

 わざわざ気仙沼まで買いに来たスペイン人もいる。地元の遠洋マグロ船の漁師が、寄港先のスペインで「気仙沼の特産を使ったジーンズだ」と自慢しながらはいているのを見て「かっこいい」と思ったという。

津波の後に見つかったオイカワデニムの「スタジオ・ゼロ」。破れもほつれもないことから「奇跡のジーンズ」と呼ばれた
津波の後に見つかったオイカワデニムの「スタジオ・ゼロ」。破れもほつれもないことから「奇跡のジーンズ」と呼ばれた

 あの日から10年。甚大な被害を受けた東北沿岸も復興が進む。及川さんは「次の世代に何を残せるのかを考えている。失敗しても新しいことに挑戦することが大切。気仙沼で作ったジーンズを海外でも販売していきたい」と力を込める。

 コバルトブルーの海を見渡せる高台の工場から、心のこもったものづくりで、気仙沼、そして東北を盛り上げていくつもりだ。(生活部 梶彩夏)

 問い合わせは、オイカワデニム(0226・42・3911)へ。

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1920059 0 ライフ 2021/03/18 15:05:00 2021/03/18 15:05:00 2021/03/18 15:05:00 メカジキジーンズはメカジキの角を粉砕したものを織り交ぜて製造する(宮城県気仙沼市で)=梶彩夏撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210312-OYT8I50027-T.jpg?type=thumbnail

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