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プロテクターを法衣に替えて…住職の道を開くプロ野球審判の「目」

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築90年の本堂の前で。「プロ野球の現場で学んだことと仏教はリンクすることも多い。住職がまったく畑違いの仕事とは感じません」(4月23日に取材、撮影)
築90年の本堂の前で。「プロ野球の現場で学んだことと仏教はリンクすることも多い。住職がまったく畑違いの仕事とは感じません」(4月23日に取材、撮影)

 29年間で2414試合のグラウンドに立った自分はどのように判断し、行動してきたか、佐々木昌信さん(51)は今、振り返っている。昨年限りでプロ野球審判員を退職し、群馬県館林市で300年続く実家の寺の住職となった。プロ野球での経験は、仏に仕える道に通ずることもある――そう信じて第2の人生を歩き始めた。

引退試合の翌日に「住職デビュー」

 大谷大学在学中に元プロ野球審判員と出会ったことがきっかけで、卒業後の1992年にセントラルリーグに入局した。4年目で一軍戦にデビューして日本シリーズ6回、オールスターゲーム4回、2017年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にも出場した。審判定年の55歳になったら実家の寺を継ぐと決めていたが、先代の父が病に倒れたために急ぎ実家に戻ることになった。その父も昨年1月に亡くなった。

 昨年11月4日の西武-日本ハム戦が審判として最後の試合。その翌日には地元の告別式で住職としての勤めが始まった。以降、真宗大谷派覚応寺(かくおうじ)の第18世住職として忙しい日々を送る。

まず話をよく聞く

 「住職は門徒さんなどとお話しすることが多い。十人十色と言うが、この人はこういう人だと先入観を持たずに、人と交わる時はまずは話をじっくり聞く。自分から先に話を振らないことです」

 審判員としても、まず相手の話を聞くことを心がけた。際どい判定やルールの解釈などで、当事者の選手やベンチから出てきた監督と向き合う。最近はリクエスト制度ができて場面は減ったが、審判の腕の見せどころの一つは「抗議対応」だという。

 「まず相手の話を聞いたうえで、きちんと説明して、一秒でも早く納得してもらう。なかなか帰ってくれません。そういう時には、帰らざるを得ない状況を作ってあげるということです」

 審判も人間だから、アウト、セーフで明らかな間違いをしてしまったこともある。印象に残っているのは中日、阪神、楽天で監督を務めた星野仙一さんだ。

 「向こうも判定が変わらないのは分かっているから、すごい勢いで出てきても『ひとつ貸しておくぞ』ってベンチに帰る。次の日には「『お前がそう見たんなら仕方ない。でもここは一軍だということを忘れるなよ。(昨日のことは)気にしないでやれ』なんて、必ずフォローしてくれました」

分かりやすく伝える

巨人と楽天が戦った2013年の日本シリーズ第1戦で球審を務めた佐々木さん。両監督にはさまれて。(佐々木昌信さん提供)
巨人と楽天が戦った2013年の日本シリーズ第1戦で球審を務めた佐々木さん。両監督にはさまれて。(佐々木昌信さん提供)

 「仏教の話は堅くて難しい。法話などで、門徒の皆さんが日常生活と重ねて考えられるように、分かりやすく話をしたいと思っています」

 審判時代も分かりやすさ、シンプルであることを心がけた。特にジャッジのコールだ。佐々木さんは「ストライク」「ボール」では3種類ぐらいのコールを使い分けていた。「普通にストライク、と言うこともあれば、際どいコースの時にはそれなりに大きなジェスチャーで。空振りだったら誰が見ても分かるので軽く。極論すれば、何もしなくていいんです。例えば、簡単なフライを野手が捕球した時、審判員を見る人が何人いるでしょうか」

思い通りにはならないのが人生

 住職になり、仏教とは何かと聞かれることも多い。「思い通りにならないのが人生であり、その人生を学ぶのが仏教です」

 人間には怒り、妬みなどの感情がある。失敗して他人のせいにすることもある。思い通りにならない時にはどうするか。自己を学んで自分と出会うことだと佐々木さんは説く。

 審判をやっていても、自分の思い描いたようにはならない。例えば、ショートゴロで打者走者は足が遅い。楽々と一塁アウトと思う場面だ。だが遊撃手がお手玉する。クロスプレーになると思い、慌てて定位置から一歩前に近づいてしまう。審判は必ずしも近くで見れば良いというわけではない。普段と違う距離で見たことがミスジャッジにつながることもある。

 「あいつがもたつくから俺が間違ったんだ、と人のせいにしてしまうのが人間。でも自分に原因があるのだから、内(自分)に向けて考えることができるかどうか。29年間、その繰り返し。仏教とまったく一緒だと思っていました」

二刀流の布教活動

 そんな佐々木さんは、今も野球の試合でグラウンドに立つ。もちろんプロ野球ではなく、地元の小中学生の大会や社会人の草野球などだ。故郷に戻ってみて、アマチュア野球の審判員が人手不足だという現状を目の当たりにした。地元の審判協会に所属する約20人の中で、50歳代の佐々木さんはまだ若手だ。夏の猛暑で有名な館林だけに審判員の高齢化は深刻な問題だという。

 「週末は午前中に法事があり、午後は野球の試合に行っています。プロ野球で2000試合以上も経験させてもらった者として、その経験を伝え、若い審判員を育てていくことも大事だと思っています」

 アマチュア資格を回復し、4月からは東都大学野球リーグや高校野球にも関わっている佐々木さんいわく、野球のレベルが下がるほど審判は難しいという。「プロの選手のスピード感はすごいが、ほぼ型通りのプレーをしてくれる。でもアマチュアはそうはいかない。特に小学生の試合は一番難しい。想定外のプレーがたくさん起きるから。でも何があっても慌てない。ええ、それも住職の仕事に役立っています」

 今季、海の向こうのメジャーリーグでは大谷翔平選手(エンゼルス)が大活躍をしている。「本業は住職ですが、草の根で審判育成のお手伝いもする。二刀流の布教活動です。大谷選手を超えるかな」と笑う。

地域の人とともに

 住職になってすぐ、寺の前の通学路に面した山門の瓦が地震で崩れそうになり、修復を迫られる事態に直面した。浄財を募るという時に「コロナ禍でどこも大変なのに寄付をお願いして良いものか」と悩んだが、門徒総代の後押しもあり、「立ち止まるよりは一歩前に進むべき」との思いで行動に。すると目標額は3日間で集まった。審判員時代にプロ野球審判労組の支部長を務め、日本野球機構(NPB)との難しい交渉にあたった経験が生きたという。

 生活は夜型から朝型に変わり、昨年までなら仕事中だった夜9時には布団に入る。朝5時半に起床して、7時から本山(京都・東本願寺)に合わせて勤行を営む。

 「大学時代からお経は頭には入っているけれど、住職としては素人です。まだまだ勉強することがたくさんありますが、地域の方に親しんでもらえるような寺にしたい」本堂脇の宗祖、親鸞(しんらん)の立像の前で柔和な顔を見せた。

(編集委員 千葉直樹)

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2027574 0 ライフ 2021/05/03 08:46:00 2021/05/03 08:46:00 2021/05/03 08:46:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210430-OYT1I50036-T.jpg?type=thumbnail

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