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政治、経済分野での女性の進出が、先進国で最低レベルの日本。政府が「女性活躍」の旗を振るのに、なぜ進まないのか。田中俊之・大正大准教授は、男性が抱えがちな悩みや葛藤を研究する「男性学」の視点から、その背景を読み解く。男性の長時間労働を見直し、育児参加を促すことが、女性の社会進出の推進につながるからだ。自らも2児の子育てに奮闘しながら考える「男女がともに働きやすい社会」への道筋とは――。(編集委員 古沢由紀子)
社会的な重圧、仕事一辺倒の生活…葛藤抱え「男も生きづらい」
家事や育児は妻に任せきりで、仕事中心の生活に縛られる。長時間労働に耐え、厳しい競争にさらされている。女性の社会進出が進まないのは、こうした男性の働き方の影響が大きいと思います。

女性の地位向上を求める動きが高まる中、男性学の論議が始まったのは1980年代。僕は大学でジェンダー(社会的性差)論の授業を受け、伊藤公雄・京都大名誉教授の著書「男性学入門」を読んだのをきっかけに研究の道に進みました。当たり前と思っていた男女の役割を男性の視点から問い直す内容に、興味をひかれたのです。
高校時代の僕は、吹奏楽部の先輩に「女子は感情的で人の上に立てないので君に部長を任せる」と言われ、素直にうなずくような生徒でした。卒業後、元同級生の女性の指摘で、「男子が優位に立つ雰囲気があった」ということに初めて気づきました。
そんな「多数派」の感覚を持つ男性が、女性が不利な社会の仕組みから目を背けず、男ならではの窮屈さも認識することに男性学の意味があるのです。
男女雇用機会均等法の施行から35年。女性の採用は増えましたが、指導的立場に就く割合は、欧米諸国に遠く及ばない状況です。賃金格差はフルタイム勤務でも女性が男性の約7割で、非正規で働く割合は男性の2倍以上。出産後も働き続けることのハードルも解消されていません。
共働きの家庭でも、男性は社会から「一家の大黒柱」とみられる傾向は変わっていないのです。女性に比べて地位向上の機会に恵まれる一方で、弱音を吐くのは男らしくないという呪縛もあり、孤独に陥りがちです。男性の自殺率が女性を上回るのは、社会的な重圧が関連しているのでしょう。
男女の生きづらさ、「人ごと」ではなくコインの裏表
近年は低成長時代に入って非正規で働く男性が増え、男性間の格差も拡大しています。50歳時点での男性の未婚率は2割を超え、収入の低い人ほど未婚の割合が高い傾向もあります。結婚は本人の自由ですが、希望しても選択できない状況は深刻です。
「女性は収入の高い男性を好む」と言われる背景には、女性の賃金が低く、性別の役割分担を前提にした社会の設計があります。男女の生きづらさは、お互いに「人ごと」ではなく、コインの裏表のような関係なのです。
ジェンダー関連の学会に所属するのは女性学の研究者が大半ですが、近年は男性学にも関心が向けられ、一部の大学では男性学に関する授業が開設されています。
社会的な重圧や仕事一辺倒の生活で葛藤を抱え、「男も生きづらい」という考え方は、「女性の方が経済的に大変なのにぜいたくだ」と批判を受けることもあります。一理あるのですが、そこで議論が封じられると、今の働き方に違和感を持つ男性が口をつぐみ、改革が進まない。一方で、「女性の社会進出で虐げられているのは男性だ」と主張する人々もいます。これも、男女平等の達成を目指す男性学の趣旨とは異なるのです。
過剰な「男らしさ」を求められて「男であることがつらい」。しかし、「男の方がつらい」と反撃するのが目的ではありません。
大切なのは、男性の生き方も見直し、皆が働きやすい社会を目指すことです。LGBT(性的少数者)への理解が求められる中、男女に絞った論議に疑問を呈する人もいますが、格差が存在する以上、必要なことだと考えます。
長時間労働・残業当たり前…制度だけでなく実態も改善を
ここ数年、女性登用への関心の高まりで、企業・自治体の講演依頼が月に20~30件も届きます。大学の授業や研究に加え、2歳と5歳の子の育児を時短勤務の妻と分担しており、できる範囲で協力しています。企業からは「男性社員が『叱られる』と身構える女性講師より、男性講師の方が耳を傾けやすい」という声も聞きます。望ましいことではないのですが。
男性社員が大半の製造業などからは、「女性社員を増やして女性が働きやすい職場にしたいので、時代の動きを教えてほしい」といった要望が多いですね。女性管理職が出てこないという企業からは、「誰も手を挙げない」という不満も聞きます。社員の勤務状況を聞くと、長時間労働、残業が当たり前で、当然女性社員は育っていない。会社が「制度を整えてあげた」という感覚では、女性が管理職になっても、対等に気持ちよく働ける環境ではないでしょう。
僕は妻が第2子出産後、3歳だった長男と2人で約1か月過ごしたことがありますが、一人で育児をする過酷さは想像以上でした。
男性の育児参加を促す厚生労働省のイクメンプロジェクトで、表彰された企業の管理職が「全員定時に帰ることを目指す」と言っていました。子育て中の社員だけでなく、様々な事情を抱える他の社員にも良い目標になるからです。こうした企業は、女性の登用だけでなく、働き方全体の改革が進んでいるのが特徴です。いきなり女性の管理職だけ増やそうとしても、無理があります。

2023年度から従業員1000人超の企業に男性の育児休業取得率の公表が義務づけられるため、「男性の育休に企業のメリットがあるのか」とよく質問を受けます。「取得率の高い職場は、他の人も有給休暇を取れて働きやすいはずだ」と答えると多くの人が納得します。
女性が不利益なくフェアに働ける職場…男性にも働きやすい
高度経済成長期以前は、家族で農業などに携わる働き方が主流でした。男性が雇用されて定年まで働き続け、妻は専業主婦という家庭が一般化したのは、それほど昔のことではないのです。近年はフルタイムで働く女性が急増し、独身の人も多い。それなのに、依然として男性の方が社会での競争を意識せざるを得ないのは、学校教育の影響もあるようです。
大学生に聞くと、いまだに高校では部活動の片付けを女子だけが担い、男子が教室の掃除をさぼっても許される、といった風潮が一部に残っているようです。女子は他の人の世話をする「女子力」を求められ、大学進学率が上昇しても理系に進む生徒は限定的です。学校や家庭でも、男女の役割の固定観念に縛られず、将来を自由に描けるような教育が必要です。
企業の退職者の聞き取り調査をした時、元男性管理職の話が印象的でした。「子どもの授業参観で休みをとりたい」という男性社員を、当初は快く思わなかったそうです。同様の希望が増えると「父親も参観に行く時代なんだな」と受け入れ、「自分は一度も行ったことがない。行けばよかった」と悲しくなったというのです。
年配の男性は頭が固いと言われますが、発想を転換する人も少なくない。企業で講演すると反発はほとんどなく、大半の男性が