完了しました
長野県佐久市「味処こまがた」
4月中旬、長野県佐久市はまだ肌寒く、桜が咲いていた。北陸新幹線のJR佐久平駅から車で西へ約15分。左に八ヶ岳連峰、右に浅間山を眺めながら進む。丘の上にある山小屋のような建物が、目当ての食堂「

「おなかがすいているでしょ。まずは食べて」。明るく出迎えてくれた店主の土屋しのぶさん(74)は、あいさつもそこそこに
サクサクのカツに「雁喰みそ」タレ




注文したのは、ご当地グルメの「
地元の黒豆の一種「
駒月みそかつ丼は、2010年に地元・望月地区の飲食店などの企画で誕生した。平安時代に官営牧場があったとされ「駒の里望月」と言われる。略して「駒月」。

丼には、「地域のおいしいコメを味わってもらいたい」との思いも込められている。土屋さんも、自身の田んぼでとれたコシヒカリを使う。ふっくらして、甘みがあって、大盛りだったご飯は気付けば空っぽ。最後の一口が名残惜しかった。
「女の人も好きに使えるお金があってもいいかなって」
土屋さんはこの望月地区で生まれ育ち、県職員だった
「農家の女の人は(自分名義の)通帳なんて持っていなかった。でも、女の人も好きに使えるお金があってもいいかなって思ったの」
ただ、興亜さんからは、「珍しいことをやって地域で目立つのは恥ずかしい」と反対された。それでも諦めきれず、「お父さんが単身赴任の間に、黙って始めたのよ」といたずらっぽく笑う。
「お裾分けの精神」で、野菜や果物は全て100円。直売所が話題になると、客から「名物料理を食べさせて」とリクエストされるように。飲食店で働いた経験はなくても、料理は得意。「地場の食材の魅力を知ってもらいたい」と、60歳で挑戦することにした。

「60歳で食堂をやるなんて」「女なのに」。陰口をたたかれ、涙を流したことも。「最後のチャンスと思ったし、女性が頑張ったら応援してもらえる世の中にしたかった。お父さんや仲間の支えがあったから踏ん張れた」と、振り返る。「今思えば、女性活躍の先駆者だよね。年を取っても生き生きしている」。興亜さんも誇らしげだ。
客の「うまい」が元気の源
「山菜の時期なので、天ぷらサービスね」「フキを煮たの、食べてみて」。土屋さんが客席を回り、手作りの総菜を皿に盛りつけていく。「最高です」「うまい、うまい」。横浜市から旅行で訪れた男性客2人に笑顔があふれた。
「何か一つ、ついてくるとうれしいでしょ。小さい店だからこそ、楽しんでもらいたいの」と土屋さん。店は大きなテーブル一つを囲む、6席だけ。サービスし過ぎて赤字になる月もあるが、お裾分けの精神は変わらない。
2019年に直売所を閉じ、食堂は新型コロナの影響で休業と再開を繰り返してきた。それでも店を続けるのは、「お客さんとの会話が生きがい。みなさんの『うまい』が、元気の源なんです」と語る。
かつ丼で元気をもらい、人生の大先輩の生き方に触れ、「頑張れ」と背中を押されているような気持ちで店を後にした。