「みそかつ丼」に込めた地元愛…夫に黙って60歳で開店「女性活躍の先駆者だよね」

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長野県佐久市「味処こまがた」

 4月中旬、長野県佐久市はまだ肌寒く、桜が咲いていた。北陸新幹線のJR佐久平駅から車で西へ約15分。左に八ヶ岳連峰、右に浅間山を眺めながら進む。丘の上にある山小屋のような建物が、目当ての食堂「 味処あじどころ こまがた」だ。

手製の料理を前にほほ笑む土屋さん。幸せを感じるのは「元気に日常生活を送れて、この店を切り盛りしているときかなあ」=三浦邦彦撮影
手製の料理を前にほほ笑む土屋さん。幸せを感じるのは「元気に日常生活を送れて、この店を切り盛りしているときかなあ」=三浦邦彦撮影

 「おなかがすいているでしょ。まずは食べて」。明るく出迎えてくれた店主の土屋しのぶさん(74)は、あいさつもそこそこに 厨房ちゅうぼう へ向かった。カツを揚げる音が聞こえ、油の香りが鼻をくすぐる。

サクサクのカツに「雁喰みそ」タレ

店の周りにはのどかな風景が広がる
店の周りにはのどかな風景が広がる
雁喰みそがベースの自家製ダレが特徴の名物「駒月みそかつ丼」
雁喰みそがベースの自家製ダレが特徴の名物「駒月みそかつ丼」
地元の精肉店で購入している信州産の豚の肩ロース
地元の精肉店で購入している信州産の豚の肩ロース

 注文したのは、ご当地グルメの「 駒月こまづき みそかつ丼」(850円)。ご飯を覆い尽くすように、信州産の豚肩ロースのカツがドーンとのっている。サラリとした特製のタレをかけて、サクサクで熱々のカツを頬張る。ジューシーな肉のうま味が口中に広がった。

 地元の黒豆の一種「 雁喰豆がんくいまめ 」を使った雁喰みそにリンゴやしょうゆなどを混ぜたタレは、あまじょっぱくてご飯にも合う。タケノコの煮物に特産の野沢菜の辛子あえ――。旬の総菜のやさしい味付けに、祖母の顔を思い出した。

 駒月みそかつ丼は、2010年に地元・望月地区の飲食店などの企画で誕生した。平安時代に官営牧場があったとされ「駒の里望月」と言われる。略して「駒月」。

開店前に準備をする土屋さん
開店前に準備をする土屋さん

 丼には、「地域のおいしいコメを味わってもらいたい」との思いも込められている。土屋さんも、自身の田んぼでとれたコシヒカリを使う。ふっくらして、甘みがあって、大盛りだったご飯は気付けば空っぽ。最後の一口が名残惜しかった。

「女の人も好きに使えるお金があってもいいかなって」

 土屋さんはこの望月地区で生まれ育ち、県職員だった 興亜おきつぐ さん(81)と見合い結婚をした。農業を営む義理の両親を手伝いながら 花卉かき 栽培をし、3人の子を育てた。転機は、1995年。農家の女性たち約20人で、野菜の直売所を始めたのだ。

 「農家の女の人は(自分名義の)通帳なんて持っていなかった。でも、女の人も好きに使えるお金があってもいいかなって思ったの」

 ただ、興亜さんからは、「珍しいことをやって地域で目立つのは恥ずかしい」と反対された。それでも諦めきれず、「お父さんが単身赴任の間に、黙って始めたのよ」といたずらっぽく笑う。

 「お裾分けの精神」で、野菜や果物は全て100円。直売所が話題になると、客から「名物料理を食べさせて」とリクエストされるように。飲食店で働いた経験はなくても、料理は得意。「地場の食材の魅力を知ってもらいたい」と、60歳で挑戦することにした。

横浜市から訪れた客と記念写真に納まる土屋さん(中央)
横浜市から訪れた客と記念写真に納まる土屋さん(中央)

 「60歳で食堂をやるなんて」「女なのに」。陰口をたたかれ、涙を流したことも。「最後のチャンスと思ったし、女性が頑張ったら応援してもらえる世の中にしたかった。お父さんや仲間の支えがあったから踏ん張れた」と、振り返る。「今思えば、女性活躍の先駆者だよね。年を取っても生き生きしている」。興亜さんも誇らしげだ。

客の「うまい」が元気の源

 「山菜の時期なので、天ぷらサービスね」「フキを煮たの、食べてみて」。土屋さんが客席を回り、手作りの総菜を皿に盛りつけていく。「最高です」「うまい、うまい」。横浜市から旅行で訪れた男性客2人に笑顔があふれた。

 「何か一つ、ついてくるとうれしいでしょ。小さい店だからこそ、楽しんでもらいたいの」と土屋さん。店は大きなテーブル一つを囲む、6席だけ。サービスし過ぎて赤字になる月もあるが、お裾分けの精神は変わらない。

 2019年に直売所を閉じ、食堂は新型コロナの影響で休業と再開を繰り返してきた。それでも店を続けるのは、「お客さんとの会話が生きがい。みなさんの『うまい』が、元気の源なんです」と語る。

 かつ丼で元気をもらい、人生の大先輩の生き方に触れ、「頑張れ」と背中を押されているような気持ちで店を後にした。

食堂のおばあちゃん特集コーナー
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