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    古今の作家を巡って専門家と読者からの感想、意見を紹介します。

    どっち派? 源氏物語と平家物語

     光源氏と姫君たちの愛欲うず巻く世界にもののあはれを感じる『源氏物語』派。戦乱に明け暮れる武士たちの物語に諸行無常を漂わせる『平家物語』派。対立しているようで本当は、いずれも人間の深い業を実感し、思いをはせずにはいられない仲間なのかもしれません。

    源氏物語…個性的な姫絵巻の世界

     「私は源氏物語派。やはり魅力は、個性豊かな女君たちにあると思います」。岡山県総社市の角田薫さん(17)の推薦の弁です。「様々な考え方、生き方をする彼女らの中に共感できる相手が見つけられる。私は、『明石の君』です」

     角田さんの投稿通り、桐壺帝の血をひく光源氏が、本当の愛を求め、逢瀬おうせを重ねてゆく物語には、数多くの女性が登場します。空蝉、夕顔、花散里――。『源氏物語』派は、好きな姫君たちを挙げる投稿が目立ちました。幼くして光源氏の愛を受ける紫の上が好きなのは、横浜市の木村賢治さん(50)。「中学生の長女と長男が早く授業で教わり、親子2代のファンになりたい」。茨城県牛久市の塚本洋子さん(89)は、「浮舟の純情がいです」とのこと。2人の男性の愛に悩む宇治十帖のヒロインです。

     与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子や瀬戸内寂聴さんなど、多くの文学者が現代語訳に挑んでいます。「読みやすいのは『与謝野』、みやびなのは『谷崎』でした」とは、東京都町田市の山下みどりさん(61)の感想です。

     大和和紀さんの漫画『あさきゆめみし』(講談社漫画文庫)に親しんだのは、兵庫県尼崎市の絵画講師、佐藤美佳さん(49)。「この時代は『通い婚』。うちも夫が単身赴任をして、たまに帰ってくるとトキメキました。理想の結婚に思える」と感じました。

     えっ、そうですか……?

     名古屋市の加茂とく子さん(74)は「虫の音や風の声を感じさせる平安絵巻物のような世界に触れ、この作品に影響された作家にも興味を持ち始めました」。円地文子『女坂』や谷崎潤一郎『痴人の愛』(中公文庫)を読んだそうです。多くの人に読みつがれた古典は、現代文学の世界にも読書の幅を広げてくれます。

    源氏物語

     平安時代の紫式部が描いた王朝物語。全54帖あり、分量は原稿用紙換算で約2300枚とされる。<限りとてわかるゝ道のかなしきにいかまほしきは命なりけり>。こんな歌を残して若くして死んだ母の面影を求め、光源氏が女性たちをさまよい、権勢を極めるものの、苦悩を深めてゆく姿をつづる。井原西鶴や谷崎潤一郎など後世の文学に大きな影響を与えた。

    平家物語…悲しい運命潔い生き方

     「小学校の教科書で読み、七五調のリズムある文章にひき込まれました」。東京都大田区の前田希美さん(14)は、熱い『平家物語』派です。屋島の合戦で那須与一が扇を弓で射る場面の「臨場感が気に入り」ました。

     平家の栄枯盛衰をたどる物語は、華やかな合戦や人間の悲しい運命を描く場面が続きます。平家派は好きな場面に触れる投稿が相次ぎました。

     物語の序盤で、おごれる平清盛に立ち向かい、南海の孤島、鬼界が島に島流しにされた僧、俊寛の悲劇を挙げたのは、神戸市の南崎ほづみさん(64)。「映画を見るように、映像が目に浮かびます」。その平家の一族も、やがて源氏に追い詰められます。一ノ谷の合戦でまだ17歳の若武者、平敦盛を熊谷直実が手にかける場面は、あまりに悲しい。

     「『早く首を取れ』と語る敦盛の潔さ、泣く泣く首を切る直実の人間らしさ。それぞれの生き方が心に残ります」

     丁寧なおはがきを下さった北海道富良野市の増田篤子さん(66)や川崎市の小柳直己さん(43)など、多くの方がこの場面を薦めてくれました。

     古典から発想された作家たちの作品も人気です。吉川英治の代表作『新・平家物語』(吉川英治歴史時代文庫)は、静岡市の竹内久美子さん(57)から、「序盤を読んでいる途中ですが、まるで昭和のホームドラマのように面白い」。文庫で全16巻あり、読み応えがあります。兵庫県三田市の藤原栄美子さん(30)の一冊は、池宮彰一郎『平家』(角川文庫)。「専横な独裁者と思っていた平清盛のイメージが変わりました」と言います。

     「今年は清盛生誕900年。『平家物語』万歳!」とは、平家ゆかりの厳島神社の地元、広島市の実光豊子さん(75)。赤い鳥居を思えば、沙羅双樹の花の色が目に浮かびます。

    平家物語 平安末期の12世紀を舞台に、平家の一族の興亡を記す。<祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり>。琵琶法師によって語り継がれたとされる歯切れの良い文章が特徴だ。太政大臣に上り詰めたものの、息子の重盛を亡くし、熱病で死ぬ平清盛の姿は、はかなさを誘う。村上春樹さんの長編『1Q84』で、重要な場面にこの物語が登場したことも話題を呼んだ。

    原文で雰囲気楽しむ

    • 絵・岩清水さやか
      絵・岩清水さやか

     古典文法や古語は苦手だけど、『源氏物語』や『平家物語』を原文で味わいたい。そんな方に、記者が実践した「必勝法」を伝授します。

     『源氏物語』で用意するのは、講談社文庫の瀬戸内寂聴訳と、原文が載っている岩波文庫。『源氏物語』の文章は流麗な古語で記され、いきなり読むのは少し難しい。寂聴訳を1帖ごとに読んで内容を頭に入れ、岩波版で原文にあたると雰囲気が楽しめます。

     和漢混交文の『平家物語』は、最初から原典に挑んでも意外と意味が分かります。原文の脇に注釈がある「新潮日本古典集成」で思い切って挑戦するのがお薦めです。(待)

    2018年07月04日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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