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    古今の作家を巡って専門家と読者からの感想、意見を紹介します。

    どっち派? 夏目漱石と森鴎外

     とうとう頂上対決の時がやって来ました。2大文豪、夏目漱石と森鴎外の登場です。近代日本語文体の「生みの親」といえる2人、すでに「両者、勝負つかず」(埼玉県川越市の吉田邦彦さん)との声も。強烈な個性と劇的な生涯を反映した作品群は、時代を超越した輝きを放っています。

    夏目漱石…ユーモアや見事な叙景

    • (国立国会図書館デジタルコレクションより)
      (国立国会図書館デジタルコレクションより)

     まず、圧倒的人気を集めた3作から。デビュー作『吾輩わがはいは猫である』(岩波文庫ほか)は、近代日本文学不滅の金字塔です。「ユーモアあふれた文章は100年超もの時間の流れを感じさせない」(広島県福山市の早川邦夫さん)。これこそ漱石人気の要です。

     続いて『坊っちゃん』(同)。「一番多く読んだ作品。最近は、主人公の世話を焼くお手伝いさんの清の目線でしか読めません」(群馬県伊勢崎市の北川由美子さん)。歯切れの良い語り口は、登場人物たちの魅力を倍加させます。18回読んだという横浜市の茂木房夫さんは、「叙景描写もすばらしい。何度読んでも飽きない」と絶賛です。

     そして高校の教科書に載っている『こころ』(同)。「自己中心的な生き方はだめだというメッセージに圧倒的影響を受けた」(東京都世田谷区の秋吉泰郎さん)、「気取ることなく、人の持つエゴイズムの痛いところを突いてくる点が共感を呼ぶ」(京都市の橋本尚子さん)などの感想が多数寄せられました。

     近代人の孤独や倫理、芸術について深く掘り下げた作品は、人生経験によって受け止め方が変わってきます。『草枕』(同)について、大阪府和泉市の千崎麗子さんは、「高校生の頃から愛読しましたが、50代でようやく、その意味がわかりました」。

     他にも、『夢十夜』(同)を「小学生の頃に読んでショックを受けた」という鳥取県米子市の遠藤麗子さん、『野分』(同)の主人公が持つ「個としての強さと苦悩は現代に通じる」という宇都宮市の神田優介さん、『彼岸過迄すぎまで』(同)の登場人物に「『悩んでいる暇があったら働け』と言いたい」静岡市の竹内久美子さんなど、40通を超えるお便りをいただきました。今回は駆け足で申し訳ありません!

     なつめ・そうせき 1867~1916年、本名・夏目金之助。江戸(東京)に生まれ、正岡子規との交遊を通じて小説家になる決意を固める。帝国大(現東京大)英文科を卒業後、中学・高校教師を経て英国へ留学。帰国後、『吾輩は猫である』でデビューし、人気作家となる。後に朝日新聞社に入り、『夢十夜』『三四郎』『こころ』などを連載した。絶筆は『明暗』。

    森鴎外…ほろ苦い青春 反骨精神

    • (国立国会図書館デジタルコレクションより)
      (国立国会図書館デジタルコレクションより)

     デビューから20年近くも文語体で書き続けた鴎外は、格調高くも読みにくさで損をしているようです。

     それでも『舞姫』(ちくま文庫ほか)を推す、東京都杉並区の鈴木正宏さんは、「誰しも経験する青春のほろ苦さに泣ける」。これぞ名作たるゆえん。一方、青森市の長牛由美さんは同時期の『文づかひ』(岩波文庫『舞姫・うたかたの記』所収)を、「女性の意見が軽視された時代に、冷静で温かい文章で女性を描いた」と薦めます。

     人気を集めたのは、やはり晩年の作品群。『山椒大夫・高瀬舟』(新潮文庫ほか)では、「『山椒大夫』の安寿と厨子王への温かいまなざしが胸に響く」(青森市の小林綾子さん)、「『高瀬舟』で現代の安楽死に通じるテーマを扱っているのはさすが」(岐阜県八百津町の細江隆一さん)など、作者の円熟した筆が読者を魅了しました。

     父を助けるため自分の命を差し出そうとする娘を描いた『最後の一句』(『山椒大夫・高瀬舟』所収)に、福岡県行橋市の谷森政子さんは、「権力者への反抗について考えさせられた」。鴎外は反骨を秘めた人でもあったのです。

     哲学的なテーマを扱った『寒山拾得』(新潮文庫『阿部一族・舞姫』所収)について、大津市の松田翔さんは、「『盲目の尊敬』に対する肩すかしの結末が忘れられません」。長編『がん』(新潮文庫)を挙げた兵庫県三木市の矢野博さんも、「鴎外は、大人の生き方を教えてくれる人生の先生」と慕います。

     「悲劇が淡々と描かれているのが良い」(東京都町田市の山下みどりさん)という『阿部一族』を含め、「後期の小説は作者の到達した最後の境地」(川崎市の山村辰男さん)。この結論に多くの鴎外ファンは納得するでしょう。

     もり・おうがい 1862~1922年。本名・森林太郎。石見国(島根県)に生まれ、12歳で第1大学区医学校(現東京大医学部)予科に入学。卒業後は陸軍軍医としてドイツに留学し、帰国後に『舞姫』で小説家デビュー。日清・日露戦争で戦地に赴くなど軍務と並行して多くの翻訳、小説、評論を発表した。退官後も帝国美術院(現日本芸術院)院長などを歴任した。

    気質正反対の知識人

     鴎外と漱石は同時代を生きた第一級の知識人でしたが、その気質は正反対でした。

     陸軍軍医総監まで上り詰めた鴎外は、社交的で権威を重んじる一方、シニカルで気難しい性格。対する漱石は、国からの博士号授与を固辞するなど反権力志向が強い反面、多くの門弟と親しく交わり、教育者として優れた業績を残しました。

     『山椒大夫・高瀬舟』(新潮文庫)の解説で、劇作家の山崎正和さんは、<鬱屈うっくつきだしにして他人と交わる>漱石と、<これを抑えて「技巧的生活」のなかで交際する>鴎外を対比させています。ぜひ、ご一読を。(良)

    2018年12月05日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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