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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    小説賞 川上弘美 「水声」

     第66回読売文学賞が決まりました(戯曲・シナリオ賞は受賞作なし)。選考委員の選評を紹介します。

    【選考委員】
    (50音順)
     池澤夏樹(作家)、伊藤一彦(歌人)、小川洋子(作家)、荻野アンナ(作家、仏文学者)、川本三郎(文芸評論家)、高橋睦郎(詩人)、辻原登(作家)、沼野充義(文芸評論家、ロシア・東欧文学者)、野田秀樹(劇作家)、松浦寿輝(詩人、作家、批評家)、山崎正和(劇作家、評論家)

    きらめく家族の時間

     冒頭、朽ちたサンダルが崩れ、足裏がはこべを踏む場面に出会った時から既に、“わたし”と陵の姉弟に何が起こるのか分かってしまったような錯覚に陥る。

     彼らの家の内側にひたひたと堆積している記憶の影が、一瞬、視界の隅をよぎってゆく。それでいて予感の輪郭を言葉ではっきりとは結べないままに、気がつけば揺らめく水の底に引きずり込まれている。

     『水声』は何も産み出さない、何も証明しない特異な小説だ。物語の飾りをまとうことを潔く拒んでいる。てのひらに載せても重みの実感はなく、たとえ握り潰したとしても、あとには空洞しか残らない。にもかかわらず、間違いなく一つの家族の時間が眼前を流れている。ささやかなエピソードの一つ一つが、水面をすり抜けてくる光を受けてきらめいている。

     近親相姦そうかんという愛の形が描かれながら、そこに切実さはない。体のためではないもののために体を使う姉弟の息遣いが、ただ聞こえるばかりだ。それに耳を澄ませているうち、まるでなかったことのように水底に沈められた時間が、いつしか浮上しているのに気づかされる。

     『水声』を閉じる時、文学の立つ地平が、そっと押し広げられているのを感じる。(小川洋子)

     ◇かわかみ・ひろみ=1958年、東京都生まれ。お茶の水女子大理学部卒。94年、「神様」で第1回パスカル短篇(たんぺん)文学新人賞を受賞し、デビュー。96年、「蛇を踏む」で芥川賞、2001年、『センセイの(かばん)』で谷崎潤一郎賞を受賞した。

    2015年02月02日 17時05分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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