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    本にまつわるさまざまな話題を特集します。

    お題は「旅行かばんにこの本」<1>

     今年もやります! 「本よみうり堂」恒例の「夏休みの1冊」特集。海へ山へ、心躍るバカンスのお供にぴったりのお薦め本をご紹介します。往復の車中で読むもよし、宿屋で夜にくつろぎながらページをめくるもよし。猛暑を避けて自宅に籠もって過ごす方は、想像の翼を思いっきり広げてお読みください。

    G・ガルシア・マルケス著、野谷文昭訳『予告された殺人の記録』(新潮文庫、460円)

     戌井昭人(作家)

     長めの旅行に出る前、どのような本を持っていくか考えるのは楽しい。旅する土地を想像して、アレを読もう、コレも読もうと、気づけば本が荷物の大半をしめ、なくなく除外していくことになる。しかし、何度も読んでいるけれど必ず持って行く本がある。ガルシア・マルケスの『予告された殺人の記録』だ。旅先で浮かれた気分になれる内容ではないが、読んでいると文字から景色やニオイが強烈に立ちのぼり、クラクラしてくる。まわりを見渡せば、そこは見知らぬ土地、「自分はココで何をしているのだ」といった郷愁が倍増するのが逆に楽しい。

    寺地はるな著『みちづれはいても、ひとり』(光文社、1500円)

     朝井リョウ(作家)

     一人でも同行者がいても行先いきさき何処どこでも、愉快な写真で画像フォルダが埋め尽くされても、私にとって“旅”とは、どの街にも存在するその土地ならではの血流のようなものから結果的にははじかれ、本質的に人は独りであることを再確認させられる作業だ。三十九歳で既婚者、子どもはいない弓子。四十一歳で独身、性に奔放な楓。共に休職中の二人が失踪した弓子の夫を探しに島へと渡るこの物語は、様々な形の喪失や寂しさを描き出しながらも、最後は自分を主語にした人生を握り締める勇気を授けてくれる。ロードノベルの醍醐だいご味が詰まった一冊だ。

    小川さやか著『「その日暮らし」の人類学』(光文社新書、740円)

     坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

     旅先で台風に襲われて山中の宿に閉じこめられた。大粒の雨が横殴りに降り、まるで熱帯雨林のなかにいるような気がしてくる。

     薄明かりをたよりに本のページをめくる。アマゾン奥地の狩猟民ピダハンは「いま」にしか関心を示さないという。彼らは過去や未来の時制を表す言葉をもたない。そこに直線的な時間の概念はない。ピダハンは何も貯蔵せず、よく笑うのだという。

     私たちは未来を思い悩む。明日のために今日を犠牲にする。だがこれは特殊な時間的世界の産物にすぎない。それとは別の世界も、確かに存在するのだ。

    トーマス・トウェイツ著、村井理子訳『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(新潮文庫、940円)

     伊藤亜紗(美学者・東京工業大准教授)

     どうせ休むなら、人間そのものをお休みしてはどうでしょう。メェ~。パッとしないデザイナーの「僕」は、ある日悩むことそのものから解放されるために、ヤギに変身してアルプス越えすることを決意。本書はその過程のドキュメントだ。四足歩行のメカニズムを知るためにヤギを解剖するところから始まり、草食動物として生きるための人工臓器を開発、言語能力から一瞬自由になるために頭に磁気コイルまで当てちゃう。二〇一六年にイグノーベル賞を受賞したときも、ヤギ男の格好で式に臨んだ。遊ぶなら真剣に遊ばなきゃ、旅だって楽しくない!

    福岡伸一著『ツチハンミョウのギャンブル』(文芸春秋、1700円)

     一青窈(歌手)

     旅は移動が多いのでぶつ切り読書になる。そんな時にうってつけの一冊。朝から我が子が庭でじーっと団子ダンゴ虫を見つめている。その先に、大きな宇宙が広がっている事を一緒に体感する。何を疑問に思って導き出そうとしているのか、私もワクワクしてしまう。ハカセの視点も基本はマニアックな生物学者なのだが、その眼鏡の奥は少年の瞳そのものである。この一冊はそこから豊かな知識、ことさら科学、芸術、数学を交えて生命の営みの気づきを授けてくれるので面白い。彼のように引き出しが多く広い眼差まなざしで物事を考えられる人に育って欲しい。

    吉田健一著『旅の時間』(講談社文芸文庫、1300円)

     苅部直(政治学者・東京大教授)

     名所を見て回ったり、食べ歩いたりできるのが旅の醍醐だいご味である。しかし列車や飛行機に乗っている長い時間や、到着先での予定のすきまにある空白を、ゆったりとすごせるのも楽しみの一つ。この本は吉田健一の連作短篇たんぺん小説で、ロンドン、ニューヨーク、京都、神戸などを別々の主人公が訪れ、そうした時間の充実を、読者にもたっぷり堪能させてくれる。

     さらにこの作家の小説には珍しく、男女の交情が描かれたり、爆弾テロも登場したりする。スリリングな瞬間や怖い出来事が、時にはつきまとう。それもやはり旅の魅力なのだろう。

    森銑三著、小出昌洋編『新編 明治人物夜話』(岩波文庫、900円)

     鈴木幸一(インターネットイニシアティブ会長CEO)

     「森のおっかさんは清少納言で、幸田のおっかさんは紫式部だと、僕らの仲間ではいっていたよ」。森は鴎外、幸田は露伴のことである。いずれにしても才気の勝った婦人だったようだ。

     稀代きだいの読書家で、近世の人物研究家でもあった森銑三が、明治の人物群像を、膨大な資料の丹念な読み込みと、交友のあった人々との対話から素描した一冊。明治天皇、勝海舟から、鴎外、露伴等の文人、円朝、貞奴等の芸人、画人、奇人、知友であった狩野亨吉に至るまで、どの人物も、短い素描にもかかわらず、際立った印象を残してくれる読み物である。

    ギヨーム・ミュッソ著、吉田恒雄訳『ブルックリンの少女』(集英社文庫、1000円)

     宮下志朗(仏文学者・放送大客員教授)

     二〇一六年八月三一日、子連れのミステリー作家ラファエルは、フィアンセのアンナとコートダジュールで楽しい一時を過ごしている。ところが、過去を必死に隠したがるアンナを「真実を知りたいんだ」と問いつめると、彼女は「これがわたしのやったこと」といって一枚の写真を見せ、姿を消してしまう。友人の元警部マルクとの探索が始まる。現在と過去、フランスとアメリカを行き来しながらの三日間、息もつかせぬ展開と驚きの真実が。エピグラフには村上春樹も引かれていてうれしい。夏のバカンスにぴったりのフレンチ・ミステリーの新作。

    アルフレッド・R・ウォーレス著、新妻昭夫訳『マレー諸島―オランウータンと極楽鳥の土地』(ちくま学芸文庫、上・下、品切れ)

     塚谷裕一(植物学者・東京大教授)

     ダーウィンと同時に進化論を思いついたウォーレス。その着想は、多様な生き物にあふれる東南アジアでの探検によって得られた。本書はその記録である。

     ウォーレスは珍種・新種の標本を採集して売りさばくことで生計を立てていたため、その足跡はたいへんに広範囲である。実際に行ってみると、今ですらアクセスが困難で、調査に難儀する島も少なくない。

     逆に今から思い立って、この夏休み中に行ってみることが可能な場所もある。本書をザックに入れ、ぜひ南の島々の、目のくらむような生物の多様さを実感していただきたい。

    ヴァン・ダイン著、井上勇訳『グリーン家殺人事件』(創元推理文庫、680円)

     森健(ジャーナリスト)

     夏は本格推理小説を読むのが若い頃からの習慣だ。連続殺人の謎に探偵が挑み、複雑な人間関係や難解なトリックを解き明かし、最後に真犯人を当てる。

     この分野にはホームズやポワロなど著名な探偵がいるが、ファイロ・ヴァンスも魅力的だ。博学な知識をひけらかす衒学げんがくさもあるが、鋭い観察力と正確な論理性で親友の地方検事や凡庸な部長刑事を出し抜いていく。

     本作はニューヨークの古邸で起きた連続殺人だが、この分野の古典らしい風格がある。本書訳者独特の長い訳文も目眩めまいがしそうになるが、暑い夏はそのくどさにこそ醍醐だいご味がある。

    山川三千子著『女官 明治宮中出仕の記』(講談社学術文庫、1100円)

     本郷恵子(中世史学者・東京大教授)

     明治42年(1909年)、18歳で宮中に出仕し、皇后(昭憲皇太后)の身近に仕えた女性が、自身の女官としての体験を回想した希有けうな記録でございます。

     内廷の一日は「おひーる」とお上(天皇)のおひる(お目ざめ)を告げる声で始まります。著者は皇后様のお化粧・お召替えのお世話や、お食事のご配膳等を担当しました。夏には「どなたさまも西瓜すいかをお戴き遊ばせ」と触れながら、大皿に山盛りの西瓜が運び込まれたとか。

     お出ましの折に、この小さな本をお持ち遊ばしましたら、しばし浮世を離れたご気分になられるかと存じます。

    2018年08月20日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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