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    『当確師』真山仁氏…この国はデモでは変わらない(前編)

     バブル崩壊後の日本を舞台に、外資系ファンドによる企業買収を巡る攻防を生々しく描いた『ハゲタカ』から10年余り。作家の真山仁氏は日本社会が抱える問題を見つめ、作品の中で取り上げてきた。その真山氏が今回テーマとして選んだのは政治。それも人々の欲望が渦巻く選挙に焦点をあてた。読売新聞の会員制サイト「読売プレミアム」で2012年10月から14年5月にかけて連載された『当確師』が単行本化されたのを機に、作品に込めた思い、そして今の日本がどう映っているのかを聞いた。

    日本人に嫌われるタイプを主人公に

    • インタビューに答える真山仁さん(都内の事務所で)
      インタビューに答える真山仁さん(都内の事務所で)

     ――今回、政治の分野に目を向けたのはなぜですか。

     「もともと政治小説をやりたかったのですが、いろんな理由があってスタートは『ハゲタカ』でした。経済から社会を見る、と考えてシリーズ作を書きつつ他ジャンルも取り上げていましたが、小泉元首相や田中真紀子元外相が出てきたころから、政治の話題がワイドショーで取り上げられる時間が長くなるなど、一般市民の間で政治に関心が持たれるようになったことを実感しました。

     このままだと上の世代から大変なものを受け取るのではないかという若者の危機感も感じて、2010年から約1年間、別冊文藝春秋で『コラプティオ』を連載しました。それは官邸の物語で、政治と真正面に向き合えば、社会は変わるかもしれないと、わりと清い小説を書いたんですね。

     ただ、今度はもう少しくだけたエンターテインメントとして政治にアプローチできないかなと思っていました。その中でも一番面白いのは多分選挙だろうと。『コラプティオ』もそうですが、最近の作品はテーマが先に決まって、そこにどういう登場人物を配置すると多角的にその問題を見ることができるかというやり方でしたが、『当確師』は『ハゲタカ』以来久しぶりに、まず面白い登場人物を作ろうということを考えました」

     ――主人公の聖のキャラクターはすごく強烈ですね。

     「パワハラ、モラハラ、セクハラなどで10回ぐらい訴えられるかもしれませんね(笑)。

    • 『当確師』では面白い登場人物を作ることを考えた。聖とは「実生活では友達になりたくないですね」
      『当確師』では面白い登場人物を作ることを考えた。聖とは「実生活では友達になりたくないですね」

     選挙の小説というと、当然ながら立候補者が主人公のものが定番で、そういう小説は過去にもありました。今回は、立候補者を作り上げる人間を主人公にした物語にしました。彼はきれいごとを言わなくていい。勝てばいいと。ただ、一応モラルはあって、ネガティブキャンペーンはやらない。相手をどんどんつぶしていると、恨みを買って当選後にえらい目に遭うし、なかなか勝てないからです。

     日本の社会でプロフェッショナルなものに対するニーズはすごく高くなっているけれど、その一方でまだプロセスを語ります。いい人かどうかが、何をしたかより大事なんです。スポーツ選手やお笑いの人も、まず人格が問われます。ホームランを打つことよりも、お前は何でそんな発言をしているのかと言われますから。

     そういう意味では、『ハゲタカ』の鷲津政彦もそうですが、日本人が一番嫌いな人物を造形しました。実生活では友達になりたくなくて、できたら仕事もしたくない。でも、そういう人にすがるというのが、小説の中ではいい構図になるのではないかと思い、そこを狙いに行きました」

    • 政治は買い叩くことができない。「だから選挙でパワーゲームをするしかないんです」
      政治は買い叩くことができない。「だから選挙でパワーゲームをするしかないんです」

     ――聖はアメリカ型の選挙コンサルタントとは違いますね。日本型ということになるのでしょうが、だれかモデルはいるのでしょうか。

     「いや、いません。そもそも日本にはプロが10人ぐらいしかいませんから。それに、選挙が始まったら一切手伝ってはいけないという法律のある日本ではアメリカ型の選挙コンサルはできません。もちろん取材はしましたし、その方たちがお書きになったものも読みました。皆さん、聖とは異なり情を大事にされています。(候補者とは)運命共同体であると。その一方で、いざという時は自分のルールを無視してでも勝ちにいかれる。

     聖はもっとドライです。常になりふり構わず戦い、勝つのですが、聖の中にはプロとしてのルールがあるんです。どんな時も、それは必ず守ると。これがプロではすごく重要で、例えば、ネガティブキャンペーンでも何でもいいから勝ってしまうと、他候補者との後腐れが残る。それは美しくないと思っているわけです」

    選挙でこの国を浄化する…聖に託した思い

    • 多くの読書体験を通して、世界情勢やその国の国民性を学んだ
      多くの読書体験を通して、世界情勢やその国の国民性を学んだ

     ――『ハゲタカ』では主人公の鷲津の「腐った日本を買い叩く」というセリフが出てきました。これは、鷲津の口を借りて、バブル崩壊後に焼け野原となった日本の病巣をえぐり出すという宣言をしていたのではないかと思います。『当確師』では聖が「選挙で日本を浄化する」と言いました。このセリフを聖に言わせた真山さんは、今の日本をどう見ているのですか。

     「1990年代に次々と金融機関が破綻した後、失われた10年、20年と言われていた時代までは財界、金融機関が頑張れば世界は回りました。もっと言うと、政治が経済に寄り添っていたんです。世の中がお金を中心に回っていた。

     その次に来たのがリーマン・ショックでした。とにかく金儲けをして、国を潤わせて、その成れの果てがリーマン・ショック。世界中で影響が出ました。そうなると、もう経済の力だけでは立て直せない。

     日本の場合、ずっとあるのは雇用の問題です。正社員をどんどん減らし、非正規の従業員を増やしていった。失われた20年から復活したわけでもなんでもなくて、日本が今まで絶対やらなかった従業員を切るという、ある意味、最後の麻薬を打ったことで、何となく時価総額的には復活したように見えるだけなんです。

     では、どうすればいいのか。できるだけ正社員を増やす。簡単なことですよ。ところが会社に正社員を増やしてくれと言っても、いやこれだけでももう目いっぱいと言われてしまう。その時に、じゃあワークシェアリングをしましょうという発想が本来、自然に出てこなければならない。働き方を変えるとか、海外に進出する若者を増やすとか、外国から人をもっと受け入れてバランスをとるとか、一企業では行えない、国全体の方策を考えることが重要です。そして、そういったことは全部、政治の問題なのです。

     私たちが政治に無関心であればあるほど、情報をよく知っている人たちだけが生き残ればいいという社会になってしまう。いや、そんな社会では困る。我々は不満だと声をあげ、自分たちの子どもが大人になった時に、せめて自分たちよりもいい生活ができるようにする。そのための第一歩は、実はデモじゃなくて選挙なんですよ。

     鷲津が時代の要請で出てきたように、ある意味、この国を買い叩けばいいんです。でも政治は買い叩けない。政治を変えるには、選挙でパワーゲームをするしかありません。そのことを「浄化する」という言葉で、聖に言わせたんです。鷲津と同じように、聖が時代の潮流を引っ張って、いずれ波の上に乗れたらいいなと思っています」

    • 『当確師』(中央公論新社)を手に持つ真山さん
      『当確師』(中央公論新社)を手に持つ真山さん

     ――鏑木の対抗馬となる黒松幸子が「白熱教室」で話題になったハーバード大学のマイケル・サンデル教授の提唱する考え方に共鳴したことになっています。これは、政治が経済に寄り添い過ぎたことに対する、ひとつの答えになっていたのではないかと思いました。

     「世界情勢や各国の国民性、世の中の仕組みやその裏表といったことを、私は読書で学びました。海外に住んだことはないのですが、海外の小説をたくさん読んでいるうちに、門前の小僧ではないですが、国ごとの考え方の違いや、隣国との関係性、歴史と現在のパワーバランスなどの知識や感覚が身についたんです。

     また、時に海外小説には、シェイクスピアが引用されたり、哲学者の言葉が出てきたりします。それも、必然的な文脈で出てきます。今回のサンデルの話も、とってつけたものではなく、黒松の胸の中では(政治家で理想主義的な理念を掲げた)お父さんとの関係から、自然に生まれてきたものです。

     小説を読んでいて、こういう時にサンデルの言葉に意味が出てくるのかっていうのがわかると、読者は興味がわくと思います。こうした、小説の中にとどまらない、社会を複合的に見る目や考えるきっかけを作るのも小説の重要な役割なので、読者の興味を引くスイッチをたくさん用意したいと思っています」

    • 「当確師」をセブンネットで購入
      「当確師」をセブンネットで購入

    「当確師」あらすじ

     莫大(ばくだい)な報酬と引き換えに、当選確率99%を保証する敏腕選挙コンサルタントの聖達磨。ある日、聖のもとに、新たな依頼人がやってきた。政令指定都市である高天市で、現職の鏑木次郎市長の3選を阻止するというミッションだった。聖は意外な人物を担ぎ出し、盤石と見られた鏑木の牙城に挑む。聖が仕掛けた巧妙な心理戦、宣伝工作、相手陣営の切り崩しで選挙戦は白熱、運命の投票日を迎える。

     

    プロフィル
    真山 仁( まやま・じん
     1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒。新聞記者、フリーライターを経て2004年、企業買収を巡る人間ドラマを描いた小説『ハゲタカ』でデビュー。主な作品は『レッドゾーン』『グリード』『ベイジン』『コラプティオ』『売国』『雨に泣いてる』など。

     

    2016年01月08日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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