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    【エンタメ小説月評】闇にきらめく人生の断面

     小説の長所の一つは、季節を選ばずに楽しめる点にある。吹雪の山荘を舞台にした本格ミステリーを読んで夏の夜を過ごし、常夏の異国を疾走する冒険小説をこたつの中で楽しむこともできる。

     とはいえ、四季折々の風物詩を取り入れた小説は、旬を楽しむ日本的な情緒がある。志川節子『きらり』(徳間書店)は、江戸時代の花火を扱った短編集。緩やかに重なり合う六つの物語は、元禄から安政まで時代も幅広く、三河、甲斐、江戸など場所も様々だ。花火の一瞬の輝きとともに浮かび上がる人生の一断面を切り取った。

     6編の中でも、特産の和紙を売り出すために、甲斐の村から江戸へ出ようとする若者の心の揺れを繊細に描いた「椀の底」が白眉。花火の破片が当たって光を失ったつまみ細工かんざしの女性職人が、音と震えで花火を感じる「闇に咲く」のワンシーンも印象に残る。抑制の利いた文体でつづられる短編はどれも端正で、光芒こうぼうの表現も効果的だ。寡作ながら、細部まで神経が通った小説を手がける作家の会心作ではないだろうか。

     暗闇にきらめく花火とは対照的に、闇の深さが魅力となっているミステリーが、岩下悠子『水底は京の朝』(新潮社)だ。「相棒」や「科捜研の女」などのテレビドラマで活躍する脚本家のデビュー作。暗所恐怖症ナイクトフォビアである女性監督の美山と、外連けれん味ある言動で彼女を翻弄する脚本家の鷺森さぎもりを中心に、京都のドラマ制作の現場を巡る物語がつづられていく。

     映像の中に虚の世界を創り出す人物たちの発言は、普段からどこか芝居めいている。夜の闇が深い古都の文物や、水生動物の知識、心理学や物語論まで様々な要素が織り交ぜられる筋立てもやや衒学げんがく的で、虚実のあわいを漂うようなストーリーをより複雑な味わいにしていく。視点人物が変わる最終章で奥行きが広がる構成も見事だ。

     次はガエル・ファイユ『ちいさな国で』(加藤かおり訳、早川書房)を取り上げる。アフリカ・ブルンジ生まれでフランス在住のラッパーによる初の小説だ。ブルンジで暮らしていた少年・ギャビーの幸せな暮らしは、家族のいさかいによって影が生じ、民族の対立と内戦によって大きくねじ曲げられていく。

     物語は、現在はパリの近郊で暮らすギャビーが、少年時代を回想するという形式で進み、少年の視点から平易な言葉でつづられていく。不穏さが見え隠れしながらも日常が保たれていた前半部のエピソードと、苛烈な運命に巻き込まれる後半の物語がコントラストをなし、喪失感を際立たせる。価値観の対立に焦点が当たりがちな現代だからこそ、広く読まれてほしい作品だ。

     最後に千早茜『ガーデン』(文芸春秋)を。途上国で幼少期を過ごし、部屋の中で植物をでる男性編集者の羽野と、同僚やモデルなどの女性たちとの関係が、静謐せいひつな筆致で描かれていく。

     環境に適応しながら一定の距離を取り、自らの世界を守ろうとする羽野。しなやかに葉を広げ、時に貪欲に根を伸ばす植物にも似ているその姿勢は、自らをすり減らしながら生きる周囲の女性たちと対照的なようでいて、孤独を抱える点で重なり合う。むせかえるほどの深い緑と、その中にさす血の赤い色。そんなイメージが、読了後も強く心に残った。(文化部 川村律文)

    ★5個で満点。☆は1/2点。

    志川節子『きらり

    人情の温かさ ★★★★☆
    短編の切れ味 ★★★★☆
    満足度 ★★★★☆


    岩下悠子『水底は京の朝』

    幻想性 ★★★★☆
    ミステリー度 ★★★★
    満足度 ★★★★


    ガエル・ファイユ『ちいさな国で』

    みずみずしさ ★★★★
    運命の苛烈さ ★★★★☆
    満足度 ★★★★


    千早茜『ガーデン』

    植物の生命力 ★★★★☆
    植物系男子の魅力 ★★★☆
    満足度 ★★★★


    2017年07月20日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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