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    知の遺産継ぐ全121冊

    『新釈漢文大系』58年かけ完結

    • 「人は死んでも本は後世に残ると思うと、感慨深いです」と語る加藤徹・明治大教授(東京都新宿区の明治書院で)=奥西義和撮影
      「人は死んでも本は後世に残ると思うと、感慨深いです」と語る加藤徹・明治大教授(東京都新宿区の明治書院で)=奥西義和撮影

     主要な中国古典の原文、訓読、注釈を網羅した『新釈漢文大系』(全120巻、別巻1)が、58年をかけて完結した。いかめしくもある各巻は、一般読者にはとっつきにくい印象もあるが、実際はどうか。中国文化学者で本紙読書委員の加藤徹・明治大教授に、読みどころを聞いた。

    加藤・明治大教授に聞く

     出版元の明治書院(東京都新宿区)の応接室。ずらりと並べてもらうと、加藤さんの目が輝いた。「ほぼ60年で完結したということは、人間で言えば還暦に近い。昭和が半分、平成が半分ですよね」と、感慨深げだ。

     執筆にのべ134人の研究者が参加した大プロジェクトは先月、『白氏文集はくしもんじゅう 十三』が刊行されて完結を迎えた。枕草子で清少納言が、「ふみ文集もんじゅう」とつづり、平安時代から日本人に親しまれてきた白居易の自選全集の全文邦訳は初めてだ。

    「基本的な文献」定着

     第1巻『論語』の刊行は、1960年5月。全集の編者5人は既に全員鬼籍に入った。その一人、内田泉之助・二松学舎大教授(当時)は、発刊にあたり、「これが世に全本の漢文注釈書を送る最後の事業となりはすまいか」とつづった。出版業界が大衆迎合的になる中、文化の基盤をなす大部の本は既に刊行されにくくなりつつあった。

     だが、これまでにシリーズ累計で約165万部を売り上げ、中国古典を学ぶ上での最も基本的な文献として定着した。三樹蘭社長は、「ずっと購読していたご主人が亡くなった後も、奥さまが続けて勉強しています、というご連絡も何度かいただきました」と話す。最も版を重ねたのは『孟子』と『老子・荘子 上』の56版で、『十八史略 上』の54版、『論語』と『唐詩選』の51版が続く。

    初巻から体裁統一

     加藤さんが驚くのは、「第1巻の『論語』で既に完成した体裁を持っていたこと」だ。原文を全文略さずに載せ、書き下し文、現代語訳、詳細な注釈を付す構成はもちろん、鉛活字の時代から同じ体裁や質感を保ってきた。「コーラや牛丼でさえ味がどんどん変わるのに、58年たって一番古い巻を一番新しい巻と並べても古さを感じさせない。本とはこうあるべきだ」

     全巻そろえると、本体価格は計101万600円。「一家に一セットというわけにはいかないかもしれない。でも、こういうきちんとした本が図書館に行けばあって、何かの時に参照できる、という意味は大きい」。新釈漢文大系でしか全文の訳解を読めない古典は、意外に多い。

     唐の時代の子供向け教科書『蒙求もうぎゅう』もそう。「大学生の頃、熟語を覚えるため、通学の総武線の中で最初から最後まで読んだ」と懐かしむ。

    言葉の原典知る

     『淮南子えなんじ』は、前漢の劉安りゅうあんが編んだ「百科全書」で、上・中・下ですべて読める。人生の禍福は予測できないことのたとえ「塞翁さいおうが馬」の出典で、その他の部分は日本であまり知られていないが、内容は天文、地理、伝説など幅広い。「個人的に好きなのは宇宙論。宇宙がどんな形で、どうやってできたかなど、当時の中国人の宇宙観を知ると楽しいです」

     「獺祭だっさい」は、最近では日本酒の銘柄名で知られている言葉だが、原典は『礼記らいき』の一節。『礼記』月令がつりょうは、天文、暦、季節の変化などを記す。旧暦一月の記事には、〈東風凍とうふうとうき、蟄蟲始ちつちゅうはじめてうごき、魚冰うをこほりのぼり、獺魚だつうをまつり、鴻鴈來こうがんきたる〉と、春の訪れとともに、かわうそが捕らえた魚を岸に並べているのが祭りをしているようだ、と描写している。

     「お酒の銘柄でも、企業名でも、元号でも、名前を付ける時に『この古典のここに出て来る、由緒ある言葉なんだ』とわかれば安心ですよね。漢文の古典は、言葉の戸籍謄本みたいなものです」。全121冊は、未来に知をつなぐ文化遺産と言えそうだ。(清岡央)

    2018年06月21日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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