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    【エンタメ小説月評】文通で深まる愛 広がる世界

     「世界」などというものからはほど遠い、女子高生同士の文通の文面。あるいは授業中にそっと回される、おしゃべり代わりのメモ。そんな、たわいのない文言から始まった物語が、いつの間にか、まさに「世界」を、人生の奥深さを描いている――。女子校で出会ったふたりの女性の二十余年を、その間にやりとりされた手紙だけでつづる三浦しをん『ののはな通信』(KADOKAWA)には、ただただ驚かされた。書簡形式で書き切った胆力にも、冒頭では予想だにしなかった場所へ読者を連れて行く筆力にも。

     お嬢様高校に通う野々原茜(のの)と牧田はなには秘密があった。恋人だったのだ。物語は4章構成で、愛の告白と、1年も満たずに訪れた別れを1章で、互いに心を残しながらも違う道を歩み始めた大学時代を2章で、40代となって約20年ぶりにメールで“再会”、長い空白を埋めていく日々を3、4章でつづる。

     愛の高揚や焦燥を描く1、2章もいいが、読みどころは3、4章だ。独身を貫くのの。外交官夫人となり、世界を飛び回るはな。人生は絶えず移ろうが、ふたりの胸の奥底には「愛の記憶」が変わらずあった。それを支えに新たな世界と対峙たいじしていく姿に、ふと思う。それほど深い愛があるのかと。真の愛とは祈りなのか。誰かの幸福を願う心が己も相手も強くするのかと。

     小手鞠るい『炎の来歴』(新潮社)も手紙を中心に据えた愛の物語だ。敗戦から5年。大学進学の資金を稼ぐために工場で働く北川は、ひょんなことから米国の女性平和運動家ヴァイスと文通を始める。求めに応じ、原爆被害の資料などを送った彼は次第に、一度も会ったことのない彼女にかれていく。

     恋愛小説の名手でもある著者の筆は、恋する青年の純粋さと身勝手さを見事に浮かび上がらせる。だが、本書の真骨頂は愛の行方にではなく、反戦を訴えるために衝撃的な行動を取ったヴァイスと、彼女の秘密を知った上で受け入れ、自身もベトナム戦争のただ中へと飛び込んでいった北川の、愛で結ばれた平和への強い願いにある。そして物語は、現代の私たちに平和の意味を問う過去からの「声」となるのだ。

     前記2冊は、手紙での「語り」を描くが、宮部みゆき『あやかし草紙』(KADOKAWA)は「語ること」そのものをテーマとする。江戸は神田の袋物屋・三島屋のおちかが、人々が語る怪異や人間の業を聞く「三島屋変調百物語」シリーズの第5弾。今作は、邪神を家に呼び込んだがために家族が不幸に見舞われる「開けずの間」や、特殊な声を持つ女中が大名家の葬られた過去を明かす「だんまり姫」など5編を収め、おちかに訪れた転機も描く。

     恐ろしい、切ない、忌まわしい……。そんな出来事を描きながらもどこかぬくもりを感じさせるのは、この著者の美点だろう。なぜ人は語るのか。その答えもここにある。

     臓器移植や詐病など医療にまつわる5編のミステリーからなる下村敦史『黙過』(徳間書店)には大胆なたくらみがあった。実は4編目までは幾分、物足りなさも感じないでもなかったのだが、〈必ず他の四篇の読了後にお読み下さい〉という断り書きの後に置かれた5編目を読めば、あえてそうしたのだと分かる。その怒濤どとうの展開に、思わず目を見開かされる。(文化部 村田雅幸)

     ★5個で満点。☆は1/2点。

    三浦しをん『ののはな通信』

    一生忘れられぬ愛 ★★★★★
    女子大河小説度 ★★★★☆
    満足感 ★★★★☆


    小手鞠るい『炎の来歴』

    「平和」への思い ★★★★☆
    手紙が変えた人生 ★★★★☆
    満足感 ★★★★☆


    宮部みゆき『あやかし草紙』

    語りのうまさ ★★★★☆
    シリーズの転機作 ★★★★☆
    満足感 ★★★★☆


    下村敦史『黙過』

    最終章での驚き ★★★★☆
    命の重さは誰が決める ★★★★
    満足感 ★★★★


    2018年06月21日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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