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    【文芸月評】人生8勝7敗の栄光

    次の世代の心を照らす

     戦後の混乱期に無頼な生活を送り、阿佐田哲也の名で多くのマージャン小説を残した作家の色川武大は、エッセー集『うらおもて人生録』の中で、人生について相撲の15番勝負にたとえて語った。

     <八勝七敗なら上々。九勝六敗なら理想。一生が終わってみると、五分五分というところが、多いんじゃないかな>

    • 宮本輝さん
      宮本輝さん

     この言葉を思い出したのは、宮本輝さん(71)が1982年から始めた自伝的大河小説「流転の海」の完結編で、「新潮」2016年10月号から始まった第9部「野の春」を読み終えたからだ。終戦から2年、50歳で初の子どもを授かった<松坂熊吾>が、大阪で再起を図る物語は、36年の時を経てついに完結した。

     物語は、著者と覚しき息子が生まれた際、「お前が二十歳はたちになるまで、わしは絶対死なんけんのお」と、固く誓った熊吾の戦後を描く。大阪を中心に愛媛、富山などにも舞台を移し、様々な仕事を経て、駐車場経営や中古車販売業を軌道に乗せた男の生を力強く刻んできた。

     第9部では、舞台は昭和40年代初めへと移る。ベトナム戦争の泥沼化や中国の文化大革命のニュースが流れる中で、息子は大学に入り、20歳を迎えた。一方で熊吾は入れ歯となり、持病の糖尿病が悪化し、気力の衰えとともに商売も縮小せざるを得なくなる。

     顧みれば熊吾は、戦後をある一市民として生きた。商売は浮き沈みがあり、死の病に倒れる直前は中古トラックを売った取引先が不渡りを出し、焦げついた代金の18万円の穴埋めに困る状態だった。愛人を作り、妻を深く傷つけた。その中で、何とか息子が20歳になるまで生き抜いた。

     つまり熊吾の人生は、栄光の8勝7敗だった。白星を一つ先行させて人間が一生を全うするには、どれほどの苦労があり、多くの人に支えられたのか。その白星が、次の世代の心をいかに照らし続けるのか。宮本さんは、戦争時代の暗い記憶にあらがい、我が子とともに第二の人生を生き直した一人の父親を通して描き切ったのだ。男の背中が今よりずっと角張り、絵になった時代の記憶とともに――。

    • 村上春樹さん
      村上春樹さん

     長編が人生の長い一場所を扱うものならば、短編はその一番ごとの白星や黒星を刻むものだ。宮本さんと同じ団塊世代の村上春樹さん(69)は、「三つの短い話」と題した3編を「文学界」に発表した。

     いずれも若い男性を主人公に、女性との関わりや浪人中の奇妙な体験、文章執筆をめぐる出来事などを記す。何げないけれど、そこを通り抜けると二度と引き返せない潮目が人生にあることを捉えた。

     村上さんは、翻訳家の柴田元幸責任編集の文芸誌「MONKEY」15号で、自らが手掛けた米国の作家、ジョン・チーヴァー(1912~82年)の短編5編の翻訳も発表した。柴田さんとの対談では、チーヴァーの短編の長所を<ストーリーだけが変化しているのではなく、ストーリーそのもののある種の肌触りというか、そういうものが微妙に変化している>と語っている。

     自身の新作でも、作品に配された言葉の音色や色合いが自在にぶつかり合っていた。

    • 町屋良平さん
      町屋良平さん

     若手の作品も今月は、人生の一幕を切り取った佳作が多かった。町屋良平さん(34)の「愛が嫌い」(文学界)は、ファミリーレストランの夜勤として働く29歳の男の話だ。2歳の息子がいる知人の女性から、夕方の保育園のお迎えを頼まれるようになる。他人の子と既婚者の異性。深い愛情の入り込む余地がない相手だからこそ、温かく触れ合える関係が、その裏側にある男の孤独とともに染み入った。

     古川真人まことさん(29)の「」(新潮)は、目の見えない兄と同居する新人作家の内面をたどる。兄を支えるつもりでいながら、実は依存しているだけではないか。方言の会話を交え、自身の切実な主題と向き合う文章は粘り強い。

     友達づき合いが人をすり減らすこともあると知った小学生の女の子たちの一瞬を切り取るのは、奥田亜希子さん(34)の「クレイジー・フォー・ラビット」(小説トリッパー夏季号)だ。子どもの心と言葉で、作品世界が紡がれている。(文化部 待田晋哉)

    没後70年 太宰の関連本相次ぐ

     <恥の多い生涯を送って来ました>――。『人間失格』などで知られる作家、太宰治が今月、没後70年を迎えた。青森の大地主の家に生まれ、心中未遂、大学除籍、薬物中毒……。世の苦悩を一身に背負うように生きた作家は、38歳だった1948年6月13日、東京・三鷹の玉川上水に入水した。

     新潮文庫の『人間失格』は200刷、累計695万8000部を数え、全文庫の中で2番目に多い。関連本の刊行も相次ぐ。雑誌「東京人」7月号は、作家の名前を落書きした学生時代のノートなど写真図版を多く掲載した特集を組んだ。河出文庫からは、小山清編『太宰治の手紙』と、坂口安吾や檀一雄らの文章を収めた『太宰よ! 45人の追悼文集』。柏艪舎からは『心の王者 太宰治随想集』も出版された。その文学と同時に人生も読者をひきつけている。

    2018年07月03日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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