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    【エンタメ小説月評】一筋縄ではいかない異色作

     タイトルを見て、よくあるスパイ小説だと思ってはいけない。一條次郎『ざんねんなスパイ』(新潮社)には、このジャンルならではの知的な駆け引きも、スリリングな冒険もほとんどないからだ。

     とはいえ、読み始めると、人を食ったようなユーモアが癖になる。ニホーン国政府の清掃作業員だった男が、73歳でスパイとして初の任務を命じられる。しかし、暗殺のために送り込まれた街で有名人となり、標的の市長とも仲良しに。予期せぬ出来事の連続に、彼は混乱していく。

     “イエス・キリスト”と名乗る男がいきなり殺され、賢いロバや巨大なリスが躍動するドタバタ劇の中に、社会批評のような言葉が混ぜ込まれる。シュールなストーリーは、米の作家・ピンチョンなどを想起させるほどだ。既存のエンタメとは一線を画す異色作を送り出した著者の蛮勇に拍手を送りたい。

     久保寺健彦たけひこ青少年のための小説入門』(集英社)も一筋縄ではいかない青春小説だ。いじめられっ子の中学生・一真とコンビを組んで作家を目指す登はコワモテの二十歳。読字障害で読み書きが不自由だ。一真は登に様々な小説を朗読し、ディスカッションを繰り返すことで、自らも小説の奥深さに触れていく。

     “読み聞かせ”の対象となるのは、夏目漱石やドストエフスキーから筒井康隆まで、国内外の名作の数々だ。この作品の美点は、小説を書く楽しさや悩みだけでなく、朗読を通じて古今の名作のエッセンスを味わえる点だろう。新たな本に出会ってもうひらかれる瞬間の胸の高鳴りを思い出した。

     続いては、還暦を超えた新人作家の力作を紹介したい。赤松利市りいちさば』(徳間書店)は、第1回大藪春彦新人賞を受けた著者による初の長編だ。日本海の孤島を根城に、一本釣り漁を続ける船団には、幼い頃から醜い外見にコンプレックスを抱いてきた主人公だけでなく、問題を抱える面々が集っていた。そこに思いもかけないもうけ話が舞い込み、欲に目がくらんだ男たちの運命はねじ曲げられていく。

     えた臭いがよどむ厳冬の小屋から始まる物語は、徐々に暴力と狂気がエスカレートしていく。どん底であがく人々の、救いのない物語。それを最後まで読ませる筆力は新人離れしている。

     最後に、タイトル通りの直球のディストピア(反ユートピア)SFである山田宗樹むねき人類滅亡小説』(幻冬舎)を取り上げる。細菌が異常繁殖した雲が大量発生し、酸素の欠乏などで人類が危機にひんする。わずかな人々を生き延びさせるための巨大施設の建設が各地で計画されるが、日本では一部の人しか入れないことへの不満が噴出し、計画は難航する。

     未来に希望を託す人々がいる一方で、新興宗教が力を集め、人類の破滅を訴える「グレートエンディング」という言葉が力を持つ。閉塞感の中で、差別的な言辞が横行する現代にも通じるテーマだ。『百年法』をはじめとする大胆な設定の小説で注目された著者は、終末に向かう世界を生きる人々の愚かさと、気高さを描き出していく。

     月の分裂で危機的状況に陥った地球から生き延びる人々を描いたニール・スティーヴンスン『七人のイヴ』(日暮雅通訳、早川書房、全3巻)も8月に完結しており、比較して読むとさらに興味深いだろう。未体験の脅威を通して生について考えるのは、フィクションならではだ。(文化部 川村律文)

     ★5個で満点。☆は1/2点。

    一條次郎『ざんねんなスパイ』

    おとぼけ度 ★★★★★
    スパイ小説度 ★★☆
    満足感 ★★★★


    久保寺健彦『青少年のための小説入門』

    小説を書く面白さ ★★★☆
    物語を読む楽しさ ★★★★★
    満足感 ★★★★


    赤松利市『鯖』

    ノワール度 ★★★★
    閉塞感 ★★★★
    満足感 ★★★★


    山田宗樹『人類滅亡小説』

    設定の大胆さ ★★★★☆
    絶望の中に希望 ★★★★
    満足感 ★★★★


    2018年09月20日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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