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    前漢題材に本格ミステリー『元年春之祭』…陸秋槎さん

    ポケミス65年記念作

    •  小説の参考にしようと、巫女(みこ)のような姿の探偵が活躍する麻耶雄嵩さんの『隻眼の少女』を読んだ。「猛勉強して、初めて日本語で読んだ小説。巫女が好きなんです」
       小説の参考にしようと、巫女(みこ)のような姿の探偵が活躍する麻耶雄嵩さんの『隻眼の少女』を読んだ。「猛勉強して、初めて日本語で読んだ小説。巫女が好きなんです」

     早川書房のミステリー叢書そうしょ「ハヤカワ・ミステリ」(通称・ポケミス)が創刊65周年を迎えた。記念作品として刊行したのは、中国のりく秋槎しゅうささん(29)の『元年春之祭がんねんはるのまつり』(稲村文吾訳)。初の中国ミステリーで、しかも前漢時代を題材とした“本格”という異色作だ。

    中国古典と現代性融合

     かつて国で祭祀さいしをつかさどっていた観一族が暮らす雲夢うんぼうを、豪族の娘於陵葵おりょうきが訪ねる。観家の娘露申ろしんと親しくなり、過去の事件などについての推理などを披露する葵だが、そこで殺人事件が起きる――。

     陸さんが本作の構想を得たのは、古典を学んでいた大学生の時のこと。古典を読む中で、殺人の動機やトリックが浮かんできた。「その時代でなければ成立しない事件を考えた」と日本語で明快に語る。

     「楚辞」をはじめとして、文学が盛んであった楚にまつわるストーリーの中では、四書五経や詩などがしばしば引用される。作中で葵が、楚の詩人・屈原が実は女性であったという説を提示するなど、知的な魅力に満ちている。「いにしえの雰囲気や、ロマンチックなものが好きなんです。中国人にとっても難しい部分はありますが、すっ飛ばしても大丈夫だと思います。本格ミステリーだから、伏線は回収しています」

     才気あふれる探偵役の葵は、せい国をルーツに持つ。“ワトソン役”となる露申との少女同士のコンビは、斉と楚という二つの文化を象徴したものだが、一方で「アニメファンやオタクにも興味を持ってもらえると思って」。五経の一つ『春秋』の冒頭と、ストラビンスキーのバレエ「春の祭典」とを合わせたタイトルを含め、古典への造詣の深さと、アニメなどを愛する現代的な感覚が融合した作品になった。

     高校生の時は純文学を書いていたが、大学に入ってミステリーにのめり込んだ。「京極夏彦先生と島田荘司先生、北村薫先生と連城三紀彦先生。この4人はまねが出来ない」。中国では初の長編となった本作のほかにも、学園ミステリーが刊行されている。「僕より上の世代はこういうジャンル小説は読まないけれど、いまの若者はミステリーやSFのファンが多い。ミステリーを書いている若者もたくさんいます」と語る。

     現在は金沢市で執筆を続けている。「静かな街で、書くのには便利ですね。(出身地の)北京だと出版社の人に誘われることも多いし、東京も誘惑が多いから……」と笑顔を見せた。

    ハードボイルド、スパイ…幅広い作品1900万部

     ポケミスは1953年に創刊。これまでの刊行点数は1835点、累計発行部数は1900万部を超える。アガサ・クリスティーやエラリイ・クイーンなどのミステリーの「古典」から、ハードボイルド小説、「007号」シリーズをはじめとするスパイ小説まで、扱ってきた作品も幅広い。

     米英仏という主要国のミステリーだけでなく、近年は様々な国の作品を紹介してきた。デンマークの『特捜部Q』シリーズをはじめとする北欧ミステリーをラインアップしたほか、南米作品などもある。

     その叢書が節目の作品として選んだのは、中国のミステリーだった。日本以外のアジアで刊行されたミステリーを取り上げるのは初めて。『元年春――』を担当した同社の根本佳祐さんは「日本から影響を受けた海外ミステリーという点でも異色で、65周年にふさわしいと考えた」と語る。

     近年は日本でも各出版社からアジアのミステリーの刊行が相次いでおり、昨年は香港の陳浩基さんの『13・67』(文芸春秋)がヒット作となった。「これまでアジア方面は未開拓だったが、『13・67』は高い評価を受けてブレイクスルーになった。アジアミステリーの埋もれた作品を紹介したい」と根本さん。来年はポケミスで、韓国ミステリーの刊行を予定しているという。(川村律文)

    2018年10月11日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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