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    【エンタメ小説月評】差別なき世界へ 試される心

     舞台が遠い過去でも未来でも、あるいは異世界であっても、小説は現実を映す鏡となり得る。今村翔吾『童の神』(角川春樹事務所)に、改めてそう思わされた。平安時代の京での戦を描きながら奏でられるのは、なぜ人は自分と異なる者を差別するのか、そもそもその差異とは何か、というテーマ。それを重々しい物語とはせず“一気読み”のエンターテインメントに仕立てたのは著者の慧眼けいがんだろう。読者を楽しませつつ、人間のあるべき姿も考えさせる。

     人とは違う髪と目の色をした桜暁丸おうぎまるは朝廷に父を殺され、復讐ふくしゅうのため京に上った。そこで出会ったのは、虐げられながらも朝廷にくみせず生きる山の民。彼らは差別なき世を夢見て蜂起し、その強く潔い戦いぶりには胸がすく。だが、多勢に無勢。仲間たちは夢半ばにして散り、桜暁丸も追いつめられる。

     読後に残るのはかなしみだ。ただ、絶望とは違う。夢を託された、とも感じたからだ。桜暁丸は人の善き心と、差別なき未来の到来を信じた。その「未来」に私たちはいる。今の日本は桜暁丸の目にどう映るだろうかと、しばし思いを巡らせた。

     葉真中顕はまなかあきてつく太陽』(幻冬舎)も終戦間際の北海道で事件にあたる特高刑事の物語ではあるが、根底で民族とは何か、国とは何かと問う。

     息つく暇もない展開となる。アイヌの母を持つ日崎は自らを朝鮮人と偽り潜入捜査もすれば、出自をさげすむ同僚にめられ、窮地に立たされもする。軍の無謀さも描かれれば、冒険小説のような味わいもある。やがて、スルクと名乗る人物による連続殺人の捜査に加わった日崎は、陸軍の軍事機密に触れる。スルクとは誰だ? 機密とは?

     大きくうねる物語の一方で、一貫して描かれるのが、皇国臣民として日本に組み込まれたアイヌや朝鮮の人々の苦悩と叫びだ。権力は時に、都合よく人を「仕分け」する。その前に力なき者はうつむくしかないのか。否、と著者は最後に一筋の光を見せる。それは国や民族から離れ、ひとりの人間としてたどり着ける「正しさ」。やはり、試されるのは人の心である。

     中脇初枝『神に守られた島』(講談社)は、あの戦争の悲劇を沖永良部島の少年の目からつづる。しかし、反戦を声高には語らない。少年の淡い恋や友情、家族との生活といった、どこにでもあるはずの日常が次第に侵されていく様子を、丁寧に描写するだけだ。けれど、その筆致が物語を他人ひとごとにしない。見ず知らずの人々の笑顔が、泣き顔が、目の前に浮かび上がる。

     心に残る場面がある。島に不時着した特攻機の操縦士と会った少女は以後、別れの際に手を振らなくなる。それが「呪い」になると思ったからだ。特攻兵は成功=死を望まれ出撃した。少女がかつて、お国のために頑張ってねと手を振り送った父と兄は、戻らなかった。そんな時代を繰り返してはならない。著者の静かな祈りが聞こえる。

     岩井圭也『永遠についての証明』(KADOKAWA)は天才数学者の孤独と、彼と関係を絶ったかつての仲間の後悔を描く。天才と呼ばれた瞭司は、未解決問題「コラッツ予想」の証明らしきものをノートに残し、失意のまま死んだ。熊沢は贖罪しょくざいの思いから、その解読に挑むが……。デビュー作だが、高い筆力に驚かされた。2人の内面の表現もそうだが、何より、証明のシーンが美しい。数学は苦手なはずなのに、なぜか涙がこぼれた。(文化部 村田雅幸)

     ★5個で満点。☆は1/2点。

    今村翔吾『童の神』

    主人公らの力強さ ★★★★☆
    少し盛り込み過ぎ? ★★★★
    満足感 ★★★★☆


    葉真中顕『凍てつく太陽』

    スケールの大きさ ★★★★☆
    軍事機密の謎 ★★★★
    満足感 ★★★★


    中脇初枝『神に守られた島』

    島の景色や方言の魅力 ★★★★
    生きていればいい ★★★★☆
    満足感 ★★★★☆


    岩井圭也『永遠についての証明』

    青春の光と影 ★★★★
    数学の美しさ ★★★★☆
    満足感 ★★★★


    2018年10月25日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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