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    『ひとつむぎの手』で新境地…知念実希人さん

    医師の苦悩と最後の決断

    • 今作はデビュー間もない頃に一度書き上げていたが、1作書くのと同じ時間をかけ、無駄な部分を削り、表現を磨いた結果、分量は約3分の2になったという(東京・六本木で)=安斎晃撮影
      今作はデビュー間もない頃に一度書き上げていたが、1作書くのと同じ時間をかけ、無駄な部分を削り、表現を磨いた結果、分量は約3分の2になったという(東京・六本木で)=安斎晃撮影

     今年の本屋大賞にノミネートされた『崩れる脳を抱きしめて』(実業之日本社)や累計100万部を突破した「天久鷹央あめくたかお」シリーズ(新潮文庫nex)など、医療ミステリーで人気の知念実希人さん(40)。最新刊の『ひとつむぎの手』(新潮社)は作風を一転させた、ミステリー要素が希薄なヒューマンドラマだ。

     心臓外科の執刀医を目指し、大学病院で過酷な勤務に耐える平良祐介たいらゆうすけはある日、医局の権力者・赤石教授から、3人の研修医の指導を託される。うち2人を入局させれば、手術の腕を磨ける病院へ出向させると言われるが、そんな中、赤石が論文データを捏造ねつぞうしたと告発する怪文書が出回り、祐介は「犯人探し」も命じられる――。

     ここまで読むと、何やら「事件」が起きそうだが、誰かが殺されることもなく、話は進む。これまでの謎解き作品と違う新境地とも感じられるが、作家は意外な言葉を口にした。「読者には違って見えるでしょうが、書いている側はそうは思っていないんです」

     「最初に謎を提示し、少しずつ真相に近づいて、最後に解決するのがミステリー。今作は主人公に心臓外科医になりたいというテーマがあって、状況が変化する中で、最終的に彼がどういう選択をするのかという話。つまり、『謎』を『彼の選択』に置き換えれば、構造はあまり変わりません」

     読みどころはもちろん、後輩の医師からも「お人し」と呼ばれる不器用な祐介の苦悩だが、現役の医師でもある著者ならではの視点にもハッとさせられる。

     例えば、死にひんした患者に亡くなった妹の面影を重ねて取り乱す研修医に、祐介が「患者のために泣くのは、家族の権利だ」と諭す場面がある。「患者にとってベストな治療を提案するのが医師の仕事。感情に引っ張られては冷静な判断ができない。しっかり寄り添うことは大事だが、家族の目線で接してしまうのは医師としては二流と教わりました」

     思いを酌んでも溺れない医師の姿勢は、そのまま作家の姿勢としても生きている。「小説を書くのに感情は必要ですが、自分の中でいったん消化して、どう書き分ければ主人公が最後に下した決断を読者が理解してくれるのか、その計算はできる限りやっています」

     祐介は、勝ち負けなどの感情を超越したところに自らの進むべき道を見いだしていく。彼が医師としての新しい一歩を踏み出すシーンは感動を禁じ得ない。

     そんな作品を生み出す執筆スタイルはユニークだ。会員制の図書館で、ストップウォッチで計りながら15分書いては数分休むことを繰り返す。「僕の場合、15分で500文字から700文字なので、4時間やれば、(400字詰めで)20枚は書ける」。執筆スピードをコントロールするために、編み出した「技」だという。

     作家は、これからどこに向かうのか。ミステリーから離れてしまうのかと問うと、こう答えた。「読者が熱中してくれる『いい小説』を書きたいだけ。その結果、書き上がったものがミステリーになる場合も、違うものになることもあるでしょう。ジャンルにこだわらず、色々な可能性を探っていきたい」(十時武士)

     ちねん・みきと 1978年、沖縄県生まれ。東京慈恵会医科大卒、2004年から内科医として勤務。11年「レゾン・デートル」で島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞。12年に同作を改題した『誰がための刃』でデビュー。天才女医が謎解きをする「天久鷹央」シリーズのほか、『時限病棟』『螺旋の手術室』などの著書がある。

    ◎お気に入り

     ★システム手帳 予定の管理に使っているのは全体の3分の1ぐらいで、残りは小説のアイデア帳。僕は手で紙に書かないと駄目なタイプなので、いつ思い浮かんでも良いように肌身離さず持ち歩いています。小説家になると決めた時に買い、ずっと使っているのでボロボロです。

     ★猫 家で飼っているマンチカンの「ハリー」。オスで5歳になりました。夜も一緒に寝ていますが、真夜中に耳元で鳴いて僕を起こすんです。しょうがないのでブラッシングをしてあげて、「もういいですか」と言って、もう一回寝るのが、僕の日課です。

    2018年11月01日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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