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    【エンタメ小説月評】語りが持つ力に驚き

     小説を読むことの醍醐味だいごみは、ストーリーや仕掛けを楽しむ部分と、語りの面白さを味わうという二つの側面がある。「何を書くか」と「どう書くか」という問題と言い換えることもできるかもしれない。

     藤谷治『燃えよ、あんず』(小学館)の魅力は、後者にあると断言できる。語り手が経営する東京・下北沢の書店の客だった「久美ちゃん」が、夫との死別の悲しみを乗り越え、新たな人生へと踏み出そうとする――。あらすじを要約すれば、実にシンプルな物語だ。

     作中で「増築改築新築を繰り返した温泉旅館」と表現するように、語り手夫妻のやりとりや、書店の常連客のエピソードを織り交ぜ、ストーリーはうねうねと進む。久美ちゃんと年下の男性との恋愛は、ドラマチックには進展しない。物語をかき回す男・由良も、悪人と呼ぶにはややパンチに欠ける。いびつなようでいて、読み進めるにつれて、この物語がいとおしく思えてくる。

     それまでのストーリーの色合いが一気に鮮やかになるラストシーンを含め、練り上げられた語りの力に舌を巻いた。この不思議な読書体験を、ぜひ味わっていただきたい。

     伊坂幸太郎『フーガはユーガ』(実業之日本社)は、不思議な設定の小説だ。常盤優我と双子の弟・風我には、誕生日になると、2時間おきにお互いの位置が瞬間移動する特異体質があるのだ。2人はその力を使って、世の中の様々な悪意と対峙たいじしていく。

     年に1日しか起こらない現象だけに、2人ができることは限られている。それでも、2人はあきらめずに、前に進む。ヒーローとはなり得ない人々が、監視社会やファシズムなど、大きな潮流に立ち向かっていくという、著者が繰り返し描いてきたテーマは、今作にも息づいている。『重力ピエロ』などの初期作品を思わせる叙情性と切なさもあり、初めて伊坂作品に触れた時の新鮮な驚きを、懐かしく思い出した。

     今回は、もう1冊の“フーガ”がある。門田もんでん充宏みつひろ風牙』(東京創元社)は、創元SF短編賞の受賞作を含む短編集。人並み外れた共感能力を使って、依頼人の記憶に分け入ってデータ化する「感覚情報翻訳者インタープリタ」の珊瑚さんごは、記憶を巡る様々な事案に挑むことになる。

     過剰な共感能力のために、機械によって感情を制御しなければ日常生活が送れない。物語はトラブルを解決する珊瑚の活躍だけでなく、異能者としての孤独と欠落感も描き出していく。視点によって大きく形を変える、記憶の多面性を生かした仕掛けも秀逸だ。作品は粒ぞろいだが、個人的には、珊瑚の過去へと踏み込む最後の短編「うつろの座」が鮮烈だった。

     日常を描く物語から、少し離れてしまった。最後に、尾崎英子おざきえいこ有村家のその日まで』(光文社)を取り上げる。母の仁子は70歳を前にがんを患い、余命宣告を受けた。残り少ない日々を、2人の娘や夫などの視点を使いながら、ディテール豊かに描いていく。

     民間療法に手を出し、お金にもルーズな仁子は、持ち前の頑固さもあって周囲を振り回す。思いをくみながらみとろうとする家族は、やがて気づいていく。奔放な性格の仁子の魅力に、救われていた面が確かにあったのだと。今年は、身近な人の死をテーマにした木皿きざら泉『さざなみのよる』(河出書房新社)という秀作があった。本作もまた、忘れがたい1冊になった。(文化部 川村律文)

     ★5個で満点。☆は1/2点。

    藤谷治『燃えよ、あんず』

    恋愛小説度 ★★★☆
    拓みな語り ★★★★★
    満足感 ★★★★☆


    伊坂幸太郎『フーガはユーガ』

    ミステリー度 ★★★★
    青春小説度 ★★★★
    満足感 ★★★★


    門田充宏『風牙』

    設定の妙 ★★★★
    記憶の不思議さ ★★★★
    満足感 ★★★★


    尾崎英子『有村家のその日まで』

    母のキャラクター ★★★★
    ディテールの豊かさ ★★★★☆
    満足感 ★★★★
    2018年11月29日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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