【エンタメ小説月評】武家の悲喜 巧みな構成
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ああ、うまいものだ――。朝井まかて『
味わいはバラエティーに富む。主人公は
一方、いくつかの短編では、主人公や主人公とかかわる人物の心の内が、ラスト近くまで伏せられる。それがまた、いい。例えば表題作は、漢字を読めぬ隠居侍が、亡き妻が残した手紙を読むために手習い塾に通う話だが、最後に侍が目にする妻の言葉には、こちらも思わず涙した。他の数編の終盤で明かされる秘密には、彼らの来し方、行く末までも想像させられた。デビューから10年。著者の充実ぶりを改めて示す一冊となった。
ラストが印象的なのは宇佐美まこと『聖者が街にやって来た』(幻冬舎)も同じだ。ただこちらはミステリー。謎が解かれ、慌ててページを戻れば、ヒントがいくつも記されていたことに気づき、ああ、やられた――。
タワーマンションが林立し、人口が急増した神奈川県のとある街で、若い女性が相次いで殺された。どの現場にも花びらが一片残されており、花屋を営む桜子と娘の
この、ごく普通の人々を主役に据え、彼女らの日常もしっかり描いたのが素晴らしい。2人は母子家庭であり、店の常連はゲイバーの従業員。時々顔を出す少年は母のネグレクトに遭い、危険ドラッグの影もちらつく。優れたミステリーは、時に社会の今を浮き彫りにするが、それは本作にも当てはまる。
篠綾子『
友情、恋、親への思い、己へのいらだち。描かれるのはまさに青春の葛藤だが、現代が舞台の青春小説と決定的に違うのは、そこに「義」のためなら命も惜しまぬ覚悟があること。懸命に生きるとはどういうことか、教えられた気がする。
三崎亜記『30センチの冒険』(文芸春秋)には、自分も冒険に出たような興奮を覚えた。故郷に戻るバスに乗った「僕」はなぜか、〈大地の秩序を失った〉世界へ運ばれる。そこでは距離や高さの概念がゆがみ、目の前に見えるものが実は遠くにあったりする。さらに「僕」の来訪で街は全滅の危機に
もし、あなたが運命を信じる人ならば、あるいは約束を大切にする人であるならば、ぜひ、この長い旅を見届けてほしい。最後の1ページに、きっと心が震えるはずだから。(文化部 村田雅幸)
★5個で満点。☆は1/2点。

朝井まかて『草々不一』
人間の営みが見える | ★★★★☆ |
長編のような読み応え | ★★★★ |
満足感 | ★★★★☆ |

宇佐美まこと『聖者が街にやって来た』
展開の妙 | ★★★★ |
時代を捉える力 | ★★★★☆ |
満足感 | ★★★★ |

篠綾子『青山に在り』
青春の苦悩 | ★★★★ |
清新さと力強さと | ★★★★ |
満足感 | ★★★★ |

三崎亜記『30センチの冒険』
異世界の怖さと魅力 | ★★★★ |
切なく、懐かしい | ★★★★ |
満足感 | ★★★★ |