【文芸月評】綿矢さんと金原さんの芥川賞から14年

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「最先端」「王道」

綿矢りささん
綿矢りささん

 作家の綿矢りささん(34)が『蹴りたい背中』で、金原ひとみさん(35)が『蛇にピアス』で芥川賞を同時受賞し、注目を集めたのは2004年だった。その2人が今月、「すばる」10月号から一緒に始めた連載をともに完結させた。両者とも自らの確かな主題を見定め、歩むべき互いの小説の荒野を踏み締めている。

 綿矢さんの「オーラの発表会」は、今どきの言葉を使えば「コミュ障」(コミュニケーション障害)と呼ばれそうな女性の物語だ。親から心配された彼女は大学入学後、一人暮らしをするように命じられる。だが学校で友達はできず、たまに話し掛けられても、唐突に「口臭から昼ご飯に何を食べたか当てる」特技を披露し、ドン引きされてしまう。

 自らが変わっていることにも気づかない彼女は、人の輪に入れるのか。自分の容姿やセンスに自信がなく、気に入った人のまねばかりをする悪友や、親が金持ちで線の細そうな男性など、少し風変わりな友人たちに囲まれながら、ゆっくりと前に進み出す姿を軽やかに紡いでゆく。

 一方、金原さんの「アタラクシア」は、高校を中退してモデルとなり、渡仏した後、再び日本に帰って今は結婚した由依を中心に据えた物語。彼女の不倫相手のシェフ、その事実を知っても離婚しない夫、家庭が崩壊した知人女性など、様々な人間の視点を通し、東日本大震災後の漠然といら立った空気を映し出す。

金原ひとみさん
金原ひとみさん

 <私はモラルから引き起こされる愛情なんて欲しくない>。作中にこんなセリフがある。社会の規範から逸脱した愛、それらに救われ、傷つけられる人々を、時に激しい性描写を交えて書くことで、著者は何度もこの言葉を変奏する。濁った和音とともに、真の人間の倫理を響かせた。

 かつて2人が芥川賞を受けた際、高校生の男女の淡い交流を刻む青春小説『蹴りたい背中』を書いた綿矢さんが古典的な作風で、身体改造にふける女性を描く『蛇にピアス』の金原さんが新しい時代に鋭敏な作家の印象があった。

 だが、2人の資質はその反対のようだ。科学技術やAI(人工知能)の発達で、人間から単純労働のような仕事が奪われ、人生全般においてもコミュニケーション能力が最重要な資質に見られがちな時代だ。『勝手にふるえてろ』や今著など、他人と接することに困難を抱える人間の生を主題にした作品を書く綿矢さんは、時代の最先端の問題に立ち向かう。逆に『マザーズ』『軽薄』をはじめ、男女の心と体のずれ、人間の抱える根源的な生の暗がりに迫る金原さんは、むしろ古風な文学の王道を行く作家だ。芥川賞から15年近く過ぎ、両者の文学の輪郭が濃く見えてきた。

 新年号を迎えた文芸誌には、多くの中短編が掲載されている。その中では、古川真人さん(30)の「ラッコの家」(文学界)が際立っていた。80歳近い叔母のタツコの家に、めいの姉妹やその娘たちが様子見を兼ねて集まり、おしゃべりに明け暮れる姿を生き生きと浮かび上がらせる。

田中慎弥さん
田中慎弥さん

 「タッコのいえ」とラインを送ったのが「ラッコのいえ」と間違っているなどと話す女性たちの九州の方言の会話が、限りない郷愁を催す。鳥のさえずりのように、たわいのない話を続ける女性たちのくつろぎの時間が、そのまま読者の癒やしの時間になっている。

 小山田浩子さん(35)の「小島」(新潮)は、広島と覚しき土砂災害の被災地の復興作業にあたるボランティアの模様をつづった。人名に片仮名を多用し、段落を少なくする技法を使い、見ず知らずの人が集まって一つの仕事に携わるボランティア空間の不思議さを浮かび上がらせる。

 島田雅彦さん(57)の「ドラゴン・パレス」(同)は、浦島太郎の話を本歌取りし、国際謀略の物語に仕立てた知的で玄人好みの一編だった。

 最後に、作家の田中慎弥さん(46)が、「新潮」2018年1月号の「雨」から始めた7本の連作短編を終えた。実家を出て、上京した著者を思わせる作家の日々を一人称で記す。著者自身の環境の変化を想像力の動力にして虚構化し、書くことが生きることでしかありえない不器用な人間の業とおかしみを刻んだ。(文化部 待田晋哉)

日本の小説 半世紀の流れ…文芸評論家・斎藤美奈子さん

 1960年代から半世紀にわたる日本の小説作品の流れを捉えた『日本の同時代小説』(岩波新書)を文芸評論家、斎藤美奈子さんが刊行した。現代文学に伴走し、膨大な読書を重ねた著者ならではの労作だ。

 中でも興味をひくのは、現在からあまり時間がたっておらず、文学史が確立していない2010年代の見方だ。東日本大震災が起き、強権的な政治が続いたと考える著者は、「ディストピア小説の時代」だったとする。新庄耕『狭小邸宅』のような厳しい労働現場を描く作品のほか、震災を描き出した作品の出現などを経て、多和田葉子『献灯使』といった暗い近未来社会や全体主義的な世界を描き出したディストピア小説も広がったという。老人介護が題材の作品が目立つほか、日本語文学の国際化が進むことも指摘した。

55718 0 ニュース 2019/01/03 05:20:00 2019/01/03 05:20:00 2019/01/03 05:20:00 インタビューに答える作家の綿矢りささん。東京都目黒区で。2017年10月30日撮影。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181225-OYT8I50023-T.jpg?type=thumbnail

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