『ノーラ・ウェブスター』 コルム・トビーン著

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(10日、東京都千代田区で)=栗原怜里撮影
(10日、東京都千代田区で)=栗原怜里撮影

母モデルに変転の人生

 人生の大切なピースが欠けてしまった時、私たちはどうすればいいのだろう。

 舞台は1960年代終わりから1970年代初めのアイルランド。ノーラ・ウェブスター46歳、4児の母。家計を助けるために14歳半から働き始めたノーラは、教師だった夫と結婚して得た専業主婦の暮らしを、とても自由だと感じていた。だがその夫を亡くした今、彼女はどのように生きるかを問われていた。

 経済的な不安を抱え、ノーラは結婚前に勤めていた会社に再就職して、21年ぶりに事務能力を引っ張り出した。暗算や手計算に頼る時代、彼女は混乱しきった経理を整理し、上司の嫌がらせをはねのけて、自分が職場に不可欠の人材であることを認めさせる。そして夫が好まなかったために忘れていた歌う喜びをとりもどし、音楽を通じて新しい人間関係を構築していく。いつしか彼女は、新たな1日に期待しながら目覚めることができるようになっているのだった。

 と書くと、夫を亡くした女性のキャリア回復・再生物語のようだが、それほどわかりやすい話ではない。偏屈なヒロインの背後では、北アイルランド紛争が進行し、田舎町の濃密な人間関係が世代を超えて作用する。多くのエピソードが語られるが、必ずしもすべての帰結が示されるわけではない。

 本書は作者の母をモデルにした自伝的作品で、2000年から10年以上の年月をかけて執筆された。作者自身の姿は、父の死で吃音きつおん症となり、喪失感を埋めるように写真に夢中になる長男に投影されているという。慈しむよりも、距離をとることで息子の成長を促そうとした母との関係を語るには、それだけの時間が必要だったということなのだろうか。

 人生は未完の断片の集積である。ノーラは変転する人生の中で落しどころをさぐりあてようともがく。その過程でふと訪れる珠玉の瞬間が、私たちの心に痛切に響く。栩木伸明訳。

 ◇Colm Tóibín=1955年アイルランド生まれ。作家。著書に『ブルックリン』『マリアが語り遺したこと』など。

 新潮社 2400円

3690 0 書評 2018/01/22 05:28:00 2018/01/22 05:28:00 (10日、東京都千代田区で)=栗原怜里撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180115-OYT8I50015-1.jpg?type=thumbnail

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