『記憶の海辺』 池内紀著

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

記憶の海辺(15日、東京都千代田区で)=松本拓也撮影
記憶の海辺(15日、東京都千代田区で)=松本拓也撮影

凡人には無理な芸当

 評伝、エッセイの名手でもある独文学者の自伝。身軽におさらばしたいから、年とともにたまった「糞石ふんせき」をば始末したいという執筆動機、のっけから池内紀節だ。

 ラジオで「地球の上に朝がくる」の川田晴久に聞きれ、新聞の政治漫画に夢中になる少年の姿は、すでに後年のありようを彷彿ほうふつとさせる。短歌投稿に飽きて、文学を原文で読む快楽に目覚め(きっかけはチャンドラー『大いなる眠り』!)、風刺と逆説のユダヤ人批評家カール・クラウスを専攻してウィーンに留学、「街歩きこそ授業」、カフェや劇場が教室との()理屈で授業に出ず、女優を追っかける。この選択なかりせば、飄然ひょうぜんたるエッセイの数々は生まれなかった。

 デビュー作『諷刺の文学』の段階で物書きへの手応えを感じて、間口を広げ、来たるべき日に、教師稼業をやめる日に備える。ムリな注文でも、おつりがまるという。かくして、カフカ全訳、山登り、モノを持たない生活という三大目標を立てると、東大を退職して文筆で生きていく。

 「仕事の終わりが縁の切れめ」と人間関係もバッサリ切って、「身軽になり、気分もせいせい」というが、凡人には無理な芸当だ。ゲーテ『ファウスト』の翻訳を巡る、手塚版『ファウスト』なら子供の頃から知っていたという口上がふるっている。えっ、手塚富雄訳を少年時代にと驚くなかれ。ちゃんと種明かしがあり、同じ「オサム」さん、手塚治虫のマンガ『ファウスト』のこと。手塚富雄の何代か後に東大独文科教授ポストを「道化役」として襲った当人の発言、「屈従性」を捨て、権威をふうしながら生きる精神の表れと見た。

 テレビ、新聞、パソコン、ケータイ何もなく、万年筆で原稿書いて、午前中で仕事を終えて、晩酌の時間までゆるりと過ごすのが「イケウチズム」の極意。嗚呼ああ、私もまった「糞石」を捨てないと。

 ◇いけうち・おさむ=1940年兵庫県生まれ。独文学者、エッセイスト。『恩地孝四郎』で読売文学賞。

 青土社 2400円

無断転載禁止
4019 0 書評 2018/01/29 05:27:00 2018/01/29 05:27:00 記憶の海辺(15日、東京都千代田区で)=松本拓也撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180122-OYT8I50033-1.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

アクセスランキング

一緒に読もう新聞コンクール

新着クーポン

NEW
参考画像
お食事処ご利用2,000円以上で5%割引
NEW
参考画像
800円650円
NEW
参考画像
ご宿泊のお客様にコーヒー1杯サービス
NEW
参考画像
2000円1800円

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
The Japan News
発言小町
OTEKOMACHI
ささっとー
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
YOMIURI BRAND STUDIO
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
挑むKANSAI
読売新聞社からのお知らせ