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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・朝井リョウ(作家)

    『そのバケツでは水がくめない』 飛鳥井千砂著

    自己責任幻想を超えて

     アパレルメーカー勤務の佐和理世さわりよは、新ブランド立ち上げに奔走する日々を送る。ある日、偶然入ったカフェにあったバッグに一目れした理世は、その作者である小鳥遊たかなし美名みなをブランドのメインデザイナーにスカウトする。作品の魅力と本人の持つ独特な雰囲気にかれていく中、以前から違和感を抱いていた男性上司の言動がエスカレートしていく。彼氏は急に決まった海外転勤への準備で忙しく頼りづらいし、男性上司は煽情せんじょう的な行動をとった理世に責任があると訴え、謝罪を要求してきている。そんな八方塞がりの状態から救い出してくれたのは、自身も異性から異常に執着された過去があると話す美名だった。そのセクハラ事件をきっかけに二人の距離は一気に縮まる――までが、物語の序盤。やがてその親密さは過剰になり、きしみ、想像もしていなかった音を鳴らし始める。

     序盤のセクハラ事件の顛末てんまつのみで一編の小説を読み終えたような満足感がある。該当箇所が二〇一四年に発表されていたことからも、ハラスメントがいかに根深く社会に存在するのかが読み取れる。そして物語の後半は、異性からのハラスメントに対して生まれやすい“自分が悪いのでは”幻想から脱した主人公が、美名という名付けがたい関係性の人物から逃げ出す自分を認めるまでの葛藤に焦点が当てられる。

     上司なのに抵抗するのか、親友なのに受け入れてくれないのか、家族なのに助けないのか。“自分が悪いのでは”幻想を植え付ける文句は多く存在するが、自己責任論が蔓延はびこる今こそ、名前のある人間関係は長い時間をかけて築いた信頼を基に生まれることを忘れたくない。自分と相手の関係性に当てはまる大きな名前を看板に何かを迫られ、それがおかしいと感じたときは、拒否し、逃げる自分を責めなくていい。そんな、些細ささいなエピソードや何気ない一言が細やかに編み上げられた先に薫るメッセージは、雨上がりの青空のように晴れやかに胸に広がる。

     ◇あすかい・ちさ=1979年生まれ。2005年に『はるがいったら』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

     祥伝社 1700円

    2018年02月05日 05時27分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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