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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・奈良岡聰智(政治史学者・京都大教授)

    『戦前日本のポピュリズム』 筒井清忠著

    戦争への道開いた原因

     戦前の日本を抑圧的な社会だったとする見方は根強い。その中から軍国主義が生まれ、軍部が暴走して戦争に突入したと考える者も多い。こうした面は確かにあった。しかしその一方で、日本は大正末期には普通選挙を実現し、民主化が相当程度進んでいたのも事実である。また、軍部は世論を無視していたわけではなく、むしろその期待に応え、巧みに大衆の支持を得ながら戦争に突き進んだ面もある。それでは、昭和初期に政党政治が崩壊し、最終的に戦争という破滅に至ったのは、一体なぜだったのだろうか。本書は、ポピュリズム(大衆迎合)の広がりこそが原因であったと論じている。

     著者によれば、戦前の日本には既にポピュリズムが広がっていた。その嚆矢こうしは、日露戦争の講和に反対した日比谷焼き打ち事件で、以後米騒動、排日移民法排撃運動などを通して、大衆の政治への影響力は高まった。これらの民衆騒擾そうじょうは、国民の政治的権利を向上させる一方で、排外主義的傾向を帯びたものもあり、一概に善悪いずれとも言えない、複雑な性格を持っていた。従来の研究がこの問題を扱いかねてきた所以ゆえんである。

     ポピュリズムは、普通選挙の導入によって昭和初期に本格化した。やがて二大政党が泥仕合に明け暮れ、国民からの信頼を失うと、マスメディアは、より清新と見られた軍部に期待し、「天皇親政」的な体制を渇望するようになった。多くの新聞が、五・一五事件の犯人に同情を寄せ、満州事変、国際連盟脱退、日中戦争を支持し、近衛文麿や松岡洋右に過剰なまでに期待を寄せた。著者は、昭和一〇年代の日本で新たな段階のポピュリズムが台頭したことが、日米戦争への道を開いたと指摘している。

     戦前日本の失敗が、一部の政治指導者の誤りではなく、ポピュリズムに走った政治のあり方全体に起因するのだとすれば、根は深い。今後の健全な政治の発展について考える上でも、ここから学ぶべきことは多い。

     ◇つつい・きよただ=1948年生まれ。帝京大教授。日本近現代史、歴史社会学。『西條八十』で読売文学賞など。

     中公新書 920円

    2018年03月05日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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