評・藤原辰史(農業史研究者・京都大准教授)

『憎しみに抗って 不純なものへの賛歌』 カロリン・エムケ著

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『憎しみに抗って』(23日午後4時41分)=三浦邦彦撮影
『憎しみに抗って』(23日午後4時41分)=三浦邦彦撮影

無視される他者の痛み

 暴力が吹き荒れるシリアから逃れてきた膨大な数の人々はドイツにも向かった。首相のメルケルも難民を積極的に受け入れると表明。しかし、「ドイツ連邦共和国ではなにかが変わった。以前より公然と、躊躇ちゅうちょなく、憎しみが表明され」「なんの制約もなく人を怒鳴どなりつけ、侮辱し、傷つける」行動が目につくようになった、と著者のエムケは述べる。ナチスの再来の絶対阻止を国是とする国で、ナチスがかつてマイノリティに向けたような陰湿な暴力が止まらない。

 たとえば、ザクセンのクラウスニッツで起こった事件。難民を乗せたバスが「我々は民衆フォルクだ」「出て行け」と連呼する約百人に囲まれた。バスの中では子どもたちや女性たちが泣きわめくが、外の人々はバスに唾を吐きかけ、警察も囲んだ人々を制止せず、難民が抵抗を始めた瞬間に秩序を守るように難民に呼びかけ、抗議した少年をバスから引きり下ろした。

 著者のエムケは、こうしたマイノリティを公然と侮辱する事例をいくつか挙げながら、憎しみの原因とそれが向かう対象はほぼ無関係であることを、そして「憎しみ」は完成品として広まるのではなく、作られていくことを歴史的・論理的に説明していく。さらにエムケは「他者の痛みを無視する」ことの恐るべき容易さにも注目する。シェイクスピアからアーレントまで縦横無尽に引用するだけでなく、エムケ自身が性的マイノリティとして、自由と平等をうたう「純粋な私たち」である「民衆」の言動に日々傷つけられているがゆえに、観察眼は鋭角、言葉は強靱きょうじんだ。ドイツで十万部のベストセラーになり、十二カ国語に翻訳されていることもうなずける。

 男と女、西欧とイスラーム、健康と病気。そんな純粋培養の二項図式ではなく、人間存在の「不純さ」を前提にしてものを考えようとする姿勢がなんとも刺激的である。ヘイトクライムがこの世から消えないかぎり、読まれ続けるだろう。そんな宿命を背負った本。浅井晶子訳。

 ◇Carolin Emcke=1967年生まれ。ジャーナリスト。著書に『Stumme Gewalt(もの言わぬ暴力)』。

 みすず書房 3600円

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20280 0 書評 2018/05/07 05:28:00 2018/05/07 05:28:00 『憎しみに抗って』(23日午後4時41分)=三浦邦彦撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180501-OYT8I50044-T.jpg?type=thumbnail

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