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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・三浦瑠麗(国際政治学者・東京大講師)

    『誤解された大統領』 井口治夫著

    残した功績の大きさ

     1929年、大恐慌がアメリカを襲った。世界大戦へと続く混乱の中の32年、ハーバート・C・フーヴァー大統領は、フランクリン・D・ルーズヴェルト候補に大敗を喫した。歴史は勝者に寛大で敗者に厳しい。

     けれども、フーヴァーののこしたものは大きいと著者は語る。アメリカがその後築いたリベラルな国際秩序には、フーヴァーの政策思想が反映されていたからである。

     鉱山技師として立身を遂げたフーヴァーの生い立ち、食糧局時代に行った人道支援などに関する記述は面白い。本書はそうしたフーヴァーの足跡を通して彼の哲学にせまる。

     飢えに苦しむソ連への人道支援、スターリンが台頭する前のネップの時代におけるソ連の軌道修正への期待など、フーヴァーの発想には国際協調主義がうかがえる。それがレーニン独裁を助けた効果も無視できないのだが。とはいえ、戦間期に同盟国への債務軽減を主導したフーヴァーの発想がもう少し影響力を持ち得ていれば、欧州の混乱を避けられた可能性もあるだろう。読者には、太平洋方面で海軍軍縮を主導したフーヴァーが、満州事変に際してもかなり穏健な態度をとっていたことは興味深く映るだろう。

     結果から見れば、アメリカが景気回復と富の再分配をなしとげたのは、ルーズヴェルト大統領がとったニューディール政策というよりむしろ、第二次世界大戦を通じてであった。そして、いったんすべてを壊した第二次世界大戦の後に、アメリカは国際協調と復興支援にかじを切る。

     戦後も、フーヴァーは陰に陽に政府の力となった。戦間期の二の舞とならないよう、西側諸国を経済復興させ、食糧支援する。そうしたフーヴァーのような「総合安全保障」の思想の流れがなければ、私たちの豊かな戦後は実現していなかった。アメリカのレガシーをトランプ大統領が切り崩しているなかでそのことを振り返ってみるとき、さらに感慨は深まるのである。

     ◇いぐち・はるお=1964年、フィリピン・マニラ市生まれ。関西学院大教授。著書に『鮎川義介と経済的国際主義』など。

     名古屋大学出版会 5800円

    2018年06月25日 05時23分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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