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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・本郷恵子(中世史学者・東京大教授)

    『失われた手稿譜』 フェデリーコ・マリア・サルデッリ著

    自筆楽譜の数奇な運命

     ヴィヴァルディといえば、ヴァイオリン協奏曲集「四季」。なかでもイ・ムジチ合奏団の演奏による録音は、ひと昔前にはクラシック初心者が最初に手にする一枚として、またバロック音楽の代表的作品として、記録的な売り上げを達成した。

     アントニオ・ヴィヴァルディ(1678~1741年)はヴェネツィアの聖職者で、作曲家として大きな成功をおさめた。だが音楽の流行が変化したために大衆から見放され、最後は貧窮のうちにウィーンで客死する。彼の自宅には厖大ぼうだいな手稿譜(作曲家本人による自筆譜)がのこされたが、はたしてその運命は?

     危ういところで債権者の手を逃れた手稿譜は、愛書家の元老院議員の蔵書に加えられた。だが、華やかな見かけを持たない手稿譜の価値を知る者は少ない。元老院議員の死後、手稿譜は売り払われ、買いたたかれ、相続によって分割され、泥土の上に投げ出されるなど、ありとあらゆる辛酸をめた。1920年代に入り、トリノ国立図書館の研究者が手稿譜の存在と、その価値を認識するが、すべてを保全し、網羅的な調査を行うには多くの難題が控えていた。しのびよるファシズム、ヴァイオリンを弾くムッソリーニも登場する。

     ほぼ200年にわたる手稿譜の伝来が小説仕立てで語られるのだが、実はどのエピソードも歴史的事実にもとづいている。著者は、差し押さえの際のヴィヴァルディ家の財産目録・関係者の書簡や覚え書き・修道会の会報誌など、数々の史料を博捜し、イタリアの社会史・政治史と絡めて、本作を構成した。音楽学者で作曲家、モード・アンティクオという古楽オーケストラを主宰して演奏活動を行うほか、風刺漫画家の顔も持つそうだ。ルネッサンス的万能人の系譜をひく人なのかもしれない。

     軽やかな「四季」の背後に潜む、数奇な物語をぜひ! 関口英子・栗原俊秀訳。

     ◇Federico Maria Sardelli=1963年生まれ。指揮者、学者、画家、版画家などとしても幅広く活躍。

     東京創元社 2100円

    2018年06月25日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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