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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・服部文祥(登山家・作家)

    『ウォルター・ウェストンと上條嘉門次』 上條久枝著

    英国人登山家との交流

     明治から大正にかけて日本中を旅し、山に登った英国人宣教師ウォルター・ウェストンは、飛騨山脈や赤石山脈を日本アルプスとして世界に紹介した人物として有名である。

     同時期に上高地に滞在し、近代登山黎明れいめい期に名物山案内人として名をせるのが上條嘉門次。本書は二人の交流を軸に、まずウェストンがおこなった山旅を時系列で追っていく。

     絵本のような語り口の山旅報告は、ウェストンの著書だけではなく、複数の資料から多角的にエピソードをちりばめていておもしろい。たとえば山人が食べていたものを記し、案内人の報酬を現代の値段に変換する。当時上高地を訪れていた文士や芸術家など記録も参照して、ウェストンの旅路や人柄を鮮やかに伝えている。

     嘉門次は、ウェストンとそれほど多くの登山をともにしたわけではない。それでも北アルプス南部での登山史に残るウェストンの登攀とうはんには必ず同伴し、深く心を通わせていたようだ。

     後半、話は一転。あまり知られていない嘉門次の晩年と最期、上條家の没落が報告され、帰国後のウェストンの動向が続く。満州事変以降、国際社会の中で孤立していく日本をウェストンは好意的に紹介するべく、講演会に奔走したが、日英の対立を止めることはできなかった。渡英した日本人から、上高地まで車道ができ、ホテルが建つことになったと聞かされたウェストンの反応は印象的だ。

     著者の名字が嘉門次と同じなのは偶然ではない。本書は嘉門次の曽孫と結婚し、現在、上高地の嘉門次小屋を経営する俳人であり紀行作家でもある女将おかみによって記された。本書の執筆にもっとも恵まれた環境であり境遇だと言えるが、その幸運を凌駕りょうがする労作に仕上がっている。

     数奇な出会いで激動の時代に槍穂高を登った二人の人生は、最終章、ウェストンの墓にお参りし、ゆかりの地を訪ねる短い紀行文でそっと締めくくられる。

     ◇かみじょう・ひさえ=1944年、熊本県生まれ。嘉門次小屋4代目の上條輝夫と結婚。句集に『柳絮』。

     求龍堂 2000円

    2018年07月02日 05時27分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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