評・本郷恵子(中世史学者・東京大教授)

『六月の雪』 乃南アサ著

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「六月の雪」書評用(2日)=西孝高撮影
「六月の雪」書評用(2日)=西孝高撮影

台湾に家族の歴史追う

 杉山未來みらいは、30歳を目前にして声優の夢をあきらめ、民間企業の契約社員に転職した。地味な事務仕事を続けて3年の契約期間をまっとうしたとき、意外なほど穏やかな気持ちになっている自分に気がついた。

 帰宅すれば、一緒に暮らす祖母が心づくしの夕食を整えて待っていてくれる。その日、祖母は少女のころのおもい出を語り始めた。台湾で生まれ、16歳までをその地で送った。父は台南の製糖工場の技師として勤め、弟や妹が生まれた。祖母が懐かしさの象徴として語る「六月の雪」が、全編の導きの鍵となる。

 台湾は1895年の日清講和条約によって清から日本に割譲され、1945年の第二次世界大戦終結まで、日本の統治下にあった。50年のあいだ、台湾は日本だったのである。未來は祖母の故郷について知らないだけでなく、台湾と日本との関係も知らない。学校の勉強できちんと習った記憶がない。

 未來は祖母の少女時代を探すために台湾に向かう。多くの国や民族が絡む複雑な台湾の歴史が、未來の出会った人たちや、訪ねた場所から立ち上がってくる。折り目正しい日本語を話す老人、思わぬ一画にあらわれる昭和の日本を思わせる住宅街。一方で、未來を案内してくれる台湾人の「かすみちゃん」は、日本で働きながらおぼえたブロークンな日本語を使う。

 これは長女の物語でもある。祖母は「長女なんだから」と言われ続けて、家族のなかで理不尽な扱いを受けた。90歳に近くなっても、亡くなった母親への怒りを捨てられずにいる。3人の子どもたちは、できるだけ公平に育てたつもりだが、なぜか末っ子である長女だけは思うようにならなかった。家族が抱える業や長女の呪縛。台湾と日本の間にあるのも、業に似たものなのかもしれない。

 抜けるように青い空の下、南国で降る不思議な「雪」を未來は見ることができるだろうか。

 ◇のなみ・あさ=1960年生まれ。『凍える牙』で直木賞、『地のはてから』で中央公論文芸賞受賞。

 文芸春秋 1850円

31810 0 書評 2018/07/16 05:28:00 2018/07/16 05:28:00 「六月の雪」書評用(2日)=西孝高撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180709-OYT8I50029-T.jpg?type=thumbnail

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