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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・宮下志朗(仏文学者・放送大客員教授)

    『歴史は現代文学である/私にはいなかった祖父母の歴史』 イヴァン・ジャブロンカ著

    歴史記述をめぐる挑戦

     「アナール派」の始祖ブロックとフェーヴル、次世代のブローデル、ル・ゴフ、ル・ロワ・ラデュリ、第三世代のコルバン、シャルチエと、フランス歴史学は脚光を浴びてきた。私もこれを追いかけ、いくつか翻訳もした。しかし昨今、停滞感は否めない。『歴史は現代文学である』(真野倫平訳、4500円)は、新世代のジャブロンカによる、歴史記述をめぐる挑戦宣言だ。

     学問としての歴史学が成立した一九世紀、歴史と文学は助け合っていた。だが世紀末になると、歴史学は「科学」として独立すべく文学と決別、史料という痕跡から過去を再構成する学問としての記述スタイルを確立していく。しかし二〇世紀後半、歴史記述の問題が浮上、時として難解な論争が展開された。こうした流れを博引旁証ぼうしょうかつ批判的に検証した著者は、むしろ現代文学の可能性を取り込むのが歴史家のつとめだと述べる。ここで強調されるのが、「調査」という「謎を明確にする」形式の採用だ。そして史料を前にした歴史叙述においては、むしろ「私」の視点を押し出し、「私」がテクスト内に入り込み、調査・探索のプロセスを開示すべきことを提唱する。

     その実践へん『私にはいなかった祖父母の歴史』(田所光男訳、3600円)の副題は「ある調査」。ユダヤ人コミュニストであった著者の祖父母の足跡を、ポーランドのパルチェフ村での活動・受刑・釈放、パリへの逃亡と逮捕、一九四三年三月二日のアウシュヴィッツへの移送と探索する、迫真の歴史ドキュメンタリー。祖父がアウシュヴィッツで「ゾンダーコマンド(特別部隊)」として死体焼却に従事させられたことを推定する徹底調査に感嘆した。歴史書としての手法の大胆さは、師にあたるコルバンの実験作『記録を残さなかった男の歴史』(藤原書店)を彷彿ほうふつとさせる。現代の殺人事件を「調査」したメディシス賞受賞作『レティシア』(二〇一六年、未訳)もぜひ読みたい。

     ◇Ivan Jablonka=1973年生まれ。パリ第13大学教授。『祖父母の歴史』は歴史書元老院賞など受賞。

     名古屋大学出版会 4500円/3600円

    2018年07月16日 05時27分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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