評・尾崎真理子(本社編集委員)

『胃袋の近代』 湯澤規子著

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「胃袋の近代」(7日午前4時20分、本社で)=加藤学撮影
「胃袋の近代」(7日午前4時20分、本社で)=加藤学撮影

人々は満腹を夢見た

 『放浪記』に林芙美子は書いている。〈ああ何とう生きる事のむずかしさ、食べることのむずかしさ〉

 この言葉を序章に引いて、本書は単身の労働者が急速に都市に集まり、米騒動、関東大震災が続いた大正期を中心に「食と人びとの日常史」を幅広く述べていく。〈体温と体臭が感じられる世界(中略)それを歴史として描きたい〉。著者の視点は五銭の定食でその日の空腹を満たす人々を知る、林芙美子に倣う。

 大正とは外食が本格化した時代だった。「考現学」で知られる今和次郎こんわじろうが東京のとある食堂に通って描いた48個の欠けた茶碗ちゃわんのスケッチ、カレーもカツも十銭テンセン主義の屋台、民営でありながら地域に奉仕的な「大阪自彊館じきょうかん」が守り抜いた炊きたて、対面盛りつけの大原則……。都市住民の生存を支えた食の最前線が生き生きと伝えられる。

 工場では集団化、合理化されゆく若い胃袋が待ち受けていた。『女工哀史』(1925年刊)とその周辺から、とりあえず日々の空腹と孤独から解放された喜びを著者は読み取る。食事の質、量の差が労働意欲の差につながらぬよう、共同炊事の意見交換も進んだ。人気の献立は塩鮭しおざけやっこ豆腐、茄子なすの油煮……。それでも収まらぬ食欲を満たすため、工場周辺に並んだ菓子屋、うどん屋……。こうした店を必要としたのは、仕出し弁当に朝昼晩の一切を頼った大阪・船場の商家も同じだった。

 栄養や衛生の改善策もやがてついてくる。一方で、飲食店の残り物を供する残飯屋が東京の真ん中でも30年代まで繁盛していたという。そして、貧しいおかずでたくさん米が食べられるよう、あらゆる外食に欠かせなかった漬物(大阪では香々、東京では沢庵たくあん)に、人類学者の著者は着眼する。漬物の大量生産を緒として加工食品の産業化を大づかみしていくあたり、強く印象に残る。

 なるほど近代とは〈胃袋の「孤立化」と「集団化」が同時に〉進んだ、ひたすら満腹を夢見た時代だった。

 ◇ゆざわ・のりこ=1974年、大阪府生まれ。筑波大准教授。著書に『在来産業と家族の地域史』。

 名古屋大学出版会 3600円

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33002 0 書評 2018/07/23 05:23:00 2018/07/23 05:23:00 「胃袋の近代」(7日午前4時20分、本社で)=加藤学撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180717-OYT8I50060-T.jpg?type=thumbnail

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