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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・伊藤亜紗(美学者・東京工業大准教授)

    『デザインされたギャンブル依存症』 ナターシャ・ダウ・シュール著

    人間と機械の相互作用

     台風の目の中にいる感じ。あるギャンブル依存症の女性は、ビデオ・ポーカーを何時間もプレイしつづけているときの感覚をそう語る。本書が対象とするのは画面上でスロットやポーカーを行うマシン・ギャンブリング。そうしたマシンが私たちにもたらすのは、もはや運だめしのスリルではない。何せ一勝負にかかる時間は三秒から四秒だ。この機械的な反復のなかで、不安定な社会から隔絶された安定状態に没入すること――これが彼らがギャンブルをやめられなくなる理由だ。もはや勝つことが目的なのではない。ただ単に続けること、社会的アイデンティティが一時停止する仮死状態を継続させることだけが、目的なのだ。

     実際、カジノのフロアを捉えた監視カメラの映像は戦慄せんりつが走る。心臓発作でプレイヤーの一人が倒れても、誰一人としてもだえ苦しむ彼に反応しようとしない。救急隊も現場に駆けつけるまでが一苦労だ。そもそもが意図的に迷宮のような構造にデザインされているカジノ空間の複雑さに加え、プレイヤーたちがいっこうに道を空けようとしないからだ。

     こうした事態は極端に思えるが、案外似たようなことが身近に起こっているようにも思う。例えば電車の中で、一様に携帯電話の画面に没入している人々。著者は言う。「依存症は人とものの相互作用におけるひとつの機能だ」。依存症が起こるのは、依存する人間の属性のせいでも、依存する対象のせいでもない。両者の相互作用が継続されることによって生じるのだ。これはそのまま、絶えず好みが変化するユーザーと、その変化をフィードバックして利益を最大化しつづける業界の関係にもあてはまるだろう。

     本書は、単純なギャンブル批判の書ではない。人類学者による、八〇人にのぼるギャンブラー、業界人、依存症研究者へのインタビューにもとづく、綿密かつ鮮やかな分析の書だ。IR実施法成立の今読みたい。日暮雅通訳。

     ◇Natasha Dow SchÜll=文化人類学者。ニューヨーク大准教授。本書でグレゴリー・ベイトソン賞特別賞。

     青土社 2800円

    2018年08月13日 05時22分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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