『奥のほそ道』 リチャード・フラナガン著

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「奥のほそ道」(白水社)
「奥のほそ道」(白水社)

地獄に俳句の不条理

 読み通すのがつらい物語だ。

 太平洋戦争のさなか、日本軍は補給路を確保するために、タイとビルマを結ぶ鉄道を建設した。泰緬たいめん鉄道と呼ばれる路線だが、捕虜やアジア人労働者に過酷な労働を強制し、多くの犠牲者を出したために、「死の鉄路」として知られる。資金も重機も時間も、絶対的に不足しているにもかかわらず、日本人は「不屈の精神」によってこの事業を達成できると主張し、無謀な計画をあきらめようとしなかった。

 1943年、オーストラリア軍軍医で日本軍の捕虜となったドリゴ・エヴァンスは、この鉄道の建設現場に送られる。彼は捕虜たちのリーダーとして、日本人将校と交渉し、できるだけ多くの者を救おうとする。だが結局は、かろうじて歩けるような何百人かを死にいたる労働に送り出し、彼らが暴行をふるわれるのを見ていることしかできない。最初のうち軽口をとばしていた立派な体格の男たちは、飢餓と労働で次第に衰弱し、コレラや熱帯性潰瘍にむしばまれて、腐肉を残した骸骨のようになっていった。

 生還したドリゴは、著名な外科医・戦争の英雄として、高い社会的地位を獲得する。だが彼は、普通の道徳的な市民として暮らすことができない。それは彼が悲惨な体験ですさんでしまったからではなく、むしろ一貫して高潔であったから、反射神経の作用のように発揮される高潔さをもてあましているからこそ、自分自身や周囲を苦しめてしまうのである。

 鉄道建設を指揮するナカムラ少佐とコウタ大佐は、しばしば俳句を吟じる。熱帯の地獄に置かれた俳句は、素晴らしく美しい。だが虐げる側が持つ美しさをどう解釈したらいいのだろう。しかも彼らが自分自身の考えを持たず、ただ信念と美学に動かされているのだとしたら。

 ドリゴは死の床で俳句の奥義を観照する。この作品が語る逆説や不条理に、私たちが共感することは許されるのだろうか。渡辺佐智江訳。

 ◇Richard Flanagan=オーストラリア生まれ。著書に『グールド魚類画帖 十二の魚をめぐる小説』など。

 白水社 3800円

40029 0 書評 2018/09/10 05:25:00 2018/09/10 05:25:00 「奥のほそ道」(白水社) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180903-OYT8I50075-T.jpg?type=thumbnail

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