『死に山』 ドニー・アイカー著

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書評(14日午後7時58分、本社で)=守谷遼平撮影
書評(14日午後7時58分、本社で)=守谷遼平撮影

不可思議な遭難の原因は

 1959年2月、ソビエト時代のロシア、ウラル山脈の北部、下山予定日を過ぎても帰らないウラル工科大学トレッキング部の登山チームを探しにいった仲間は、空のテントを発見し、そこから1キロ半ほど離れた場所で、奇怪な状態の遺体に遭遇する。すぐに捜索隊が組織され、三ケ月に及ぶ捜索の結果、9人のメンバー全員が、いくつかのグループに分かれて遺体で発見された。誰もがろくに衣服を着ておらず、靴も履いていない。死因は低体温症と外傷。衣服を切り裂かれているもの、衣服に燃えた跡があるもの、さらには放射能も検出された。

 遭難現場は森林限界を越えた雪の斜面という厳しい環境ではあるものの、雪中生活技術の高い大学生のチームが、慌ててテントから逃げ出す理由は見当たらなかった。特殊雪崩、強風、先住民の襲撃、武装集団の襲撃、兵器実験の巻き添え、隕石いんせき落下、地球外生物との遭遇……ソ連というお国柄もあわさって、陰謀からオカルトまで遭難原因には様々な臆測が飛び交った。綿密な調査と検死がおこなわれたにもかかわらず、原因はわからず、最終報告書の結論は「未知の不可抗力による死」。エリート学生の原因不明の大量遭難は、ロシア本国ではもちろん世界中の超自然現象好きの間で有名な二〇世紀の謎のひとつとなった。

 この遭難に興味を覚えたアメリカ人映像作家が、いつしかどっぷりと事件にはまり込み、遭難した大学生の足跡を辿たどって厳冬期の遭難現場に足を運んだ。当時の状況を知る遭難グループの仲間や、捜索に参加した人に話を聞き、公開された文書に当たって、根拠のない臆測をひとつひとつ消し、何があったのかに迫るが、考えられる原因はすべて消去されるかに思われたその時……。

 日本でも1940年1月に朝日連峰で似たような遭難が起こり迷宮入りしている。同じ原因なのだろうか? 安原和見訳。

 ◇Donnie Eichar=米フロリダ生まれ。映画やテレビ番組の監督・製作者として知られる。米在住。

 河出書房新社 2350円

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42164 0 書評 2018/10/01 05:25:00 2018/10/01 05:25:00 書評(14日午後7時58分、本社で)=守谷遼平撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180925-OYT8I50038-T.jpg?type=thumbnail

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