『タンゴと日本人』 生明俊雄著
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外国文化をどう愛したか
ありそうでなかった本だ。本書は日本人のタンゴ受容史である。タンゴから見た風俗文化史でもあり、日本人論でもある。
タンゴは19世紀の末、ブエノスアイレスの場末の酒場で生まれた。この、男女が密着する官能的なダンス音楽は、20世紀初めにパリに進出し、欧米各国でブームとなった。当初、タンゴは本場のアルゼンチンでさえ下品とされた。ローマ法王からタンゴ禁止令が出たこともある。そんなタンゴは、日本を含む世界の人々の心をつかみ、アルゼンチンの誇りになった。著者は、音楽的な分析と、タンゴとかかわった人々の群像劇の両面から、その謎を説き明かす。
本書には多くの人が出てくる。歌手や作曲家だけではない。勝海舟の孫で、パリで出会ったタンゴを日本に紹介した男爵・目賀田綱美。綱美とパリで親交をもった俳優の早川雪洲。本場のアルゼンチンで大人気になったタンゴの女王・藤沢嵐子。彼女の人気を利用した政権末期の大統領・ペロン。アルゼンチンから来日した最高のタンゴ楽団の公演初日にご来場された当時の皇太子ご夫妻と、客席に挨拶を述べた当時のアルゼンチン大統領。衰えたタンゴ人気の復興を画策した作家の五木寛之氏、等々。
戦前から戦後にかけて、日本人はたしかにタンゴを愛した。タンゴ調の歌「上海帰りのリル」や「だんご3兄弟」も大ヒットした。にもかかわらず、日本からは、ドイツの「碧空」やフランスの「夢のタンゴ」のような世界的タンゴは生まれなかった。なぜか。著者は日本人の「タンゴの愛し方」の問題点を、鋭く指摘する。その分析は、本書の白眉だ。
今はタンゴ不振の時代だが、著者は予言する。「タンゴと日本人のあいだには、そろそろまた何かが起こるはずである」。果たして、この予言は当たるのか。ともあれ、本書は、日本人の外国文化受容の反省点と潜在的可能性の両方を指し示す、スリリングな文化論だ。
◇あざみ・としお=1940年生まれ。ポピュラー音楽研究家。著書に『二〇世紀日本レコード産業史』など。
集英社新書 840円












